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「人生に八方塞がりはない」

「人生に八方塞がりはない」

「人生に八方塞がりはない、動かせるところを動かせばいい」

「人生に八方塞がりはない、動かせるところを動かせばいい。」

 

これは、私がヨガを教える勉強を始めて間もない頃に、学んだことのひとつです。

 

当時毎週ヨガ講師養成講座に通っていました。仕事帰りの電車なかで、突然、右腕が上がらなくなってしまったのです。二の腕の外側の辺りが、突っ張るようにズキンとした痛みが走り、吊り革が掴めなくなってしまいました。転んだり、ぶつけたりしたのでは全くありません。

「なんで~?何これ?」

と思いつつ、一晩様子を見ていましたが、痛みは増すばかり。

翌日、とりあえず行きつけの鍼灸院に行ってみました。鍼灸の先生は、「再石灰化だね。炎症起こしてるから、とにかく冷やすように」と、いつもの調子で、鍼を打ってくれました。

 

大したことはなさそう、だけど、とにかく痛いのです!

腕を上げることもできず、後ろに回そうものなら、ズキンと痛みがきます。服を着替えるのも一苦労です。

どうしよう、治るのかなと、とても不安でした。

こんなので講師養成講座行っても大丈夫かな?

結局何もできないだろうなぁ…と、途方にくれつつ、仕方ないので行くことにしました。 

 

養成講座が始まる前に先生に理由をお話しました。

そこで先生が教えてくれたのが、「動かせるところを動かせばいい。」

 

その日は、本来やるべきプログラムの半分もまともにやれませんでした。しかし、こんな状態でも、やってみると、意外に出来る!ということが分かりました。

 

右腕は上がらないけれど、立位のポーズで、真っ直ぐ立っていることはできる。

座位のポーズで、右腕を庇いながらでも、背骨を捻ることもできる。

どこから痛くなるのか、どこまで大丈夫なのか。

痛いかな、と心配したり、あ、平気だ、とほっとしている自分がいる。

夢中になってやっているうちに、痛みを忘れていました。

 

確かに、腕立て伏せのような、床に手を付いて行うポーズはできません。

でも、右腕が上がらないなかでも、他に動かせるところはたくさんあリます。

何もできない、というのが、実は自分の思い込みだったことに気付きました。

右腕が上がらないからこそ、そのことに気付くことができたのです。

痛みがあったからこそ、学ぶことができたと言えます。

 

その日の講座が終わると、やはり、痛みは復活しましたが、何となく、時には、こういうこともあっていいんだ、と思えてきました。

今は痛いけど、いずれ治る、だから大丈夫!と、自然に前向きな気分になりました。



私たちは、痛みがあったりすると、そこだけを気にしてしまい、ダメだ、できない、と思いがちです。

でも、果たしてそうなんでしょうか?

 

動かせないところもある、けれど、動かせるところもあるはずです。できないこともある、けれど、できることもあるはずです。

動かせる範囲で動かしているうちに、自分のなかで変化が生まれてきます。

痛い、という感覚でさえ、変化していきます。痛みに対する考え方も変化していきます。痛みから学べることもあります。

そのことを実感した日でした。

それから、私の生活のなかで、困ったことが起きるたびに、この経験がずっと生きています。

 

私が学び、あなたにお伝えしたいヨガでは、特定のポーズができないとダメ、ヨガができないということはありません。

ヨガは、自分のからだとこころの状態を、ポーズを取るなかで内面から観察して、自分の変化していく今の状態を理解していくものですから。

 

同じことが、こころとからだのことにも言えます。

何も考えられない、気持ちが動かない、という時は、からだを動かしてみる。

どうしても動けない、からだが重い、という時は、気分の方を変えてみる。

できないことを気にし過ぎず、とりあえず、できることからやってみると、何かが変わってきます。

 

先生は最後にこうおっしゃいました。

「人生に八方塞がりはないのだから」

 

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