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立ち止まること

立ち止まること

いつもと違う景色が目に映るとき

 

 

長いお休みをいただいておりました。

この間、「立ち止まる」という体験をたくさん味わえたように思います。

日常を離れる時間を過ごして、ゆっくり歩いて、立ち止まっては、またゆっくり歩いて・・・

こうしているうちに、かぜのねを始めてから、つい、脇目もふらずに歩いていたことに気付かされました。

 

ゆっくり歩いていると、いろいろな風景、人、植物などが目に留まり、いつもと景色が違って見えます。

少しでも日差しが移り変わると、周囲の景色もまた違った色合いに見える。

急いでいる時には全く気付かなかったところにお店を発見したり。

 

自分のこころのこと、からだのことに気を付けていたつもりだったのですが、改めて立ち止まってみると、自分のなかで起こっていたことに鈍感になっていたことに気付かされて、はっとしました。

 

 

ただ日常生活として毎日を送っていると、本当はいつも違うはずの世界が、いつも同じように見えてしまうのですね。

小さい頃は、幼稚園や学校で例え似通った日々を過ごしていたとしても、実感として一日として同じ日はなかったはずです。 

大人として、日常生活を切り盛りするのは大切なことですし、日々の役割を担うことも必要なことです。

でも、時には、立ち止まってみることも、それと同じくらい大切なことだと改めて思いました。

 


 

本当は、世界は日々変化していて、同じであることはあり得ません。

同じだと思い込んでしまうのは、自分自身が周囲に鈍感になってしまい、変化に気付かずにいるためなのでしょうね。

自分も、他の人も、木々や猫や世界も、みんな横並びで、同じ時間を共有して、変化しながら存在している。

そうすると、自分も含めたいろいろなものが、今ここにあるということは、とても貴重で、いとおしいことに思えてきます。

ゆっくり歩きながら、そんなことを考えていました。

 

 

 

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