緊張をゆるめるのが怖い?

緊張をゆるめるのが怖い?

緊張が緩むと楽になるはずなのに、なぜ怖いのでしょう?

 

先日もあるクライエントさんが感想を述べられました。

「肩が凝ってるのに、弛めるのが怖い。」

 

私も含めてなのですが、このように感じる方が多くいらっしゃいます。

時間をかけて、ゆっくりと自分の感覚に耳を傾けているからこそ、こうした感覚に気付くのだと思います。

 

肩関節や腰回りなど、緊張したり、凝り固まったりしている部分が弛緩していくと、痛みも取れて楽になるはずなのに、なぜ、怖くなって、つい緊張してしまうのでしょう?

それは、そうした緊張や痛みが、長年慣れ親しんだ自分の感覚であるためです。

たとえ不快に感じられる感覚であっても、私たちは長い間その感覚を感じ続けていると、それが自分にとって当たり前の状況になってしまいます。

当たり前ということは、よく知っているということで、ある意味「いつものこと」だから安心なのです。

 

 

それまでの緊張が長く、強いほど、弛緩した楽な状態は、自分の「いつもの」感覚とは違います。

こころにとっては、新しい未知の感覚なのです。

人は今まで自分が経験したことに基づいて、自分を取り巻く事象を判断していますから、未知というのは、自分にとって経験が無く、どのように判断し対応していけばよいのか、全く分からないということなのです。

だからこそ、弛んだという未知の感覚が怖いのです。

知識としては、「弛んだ状態が良い」ことは理解していても、実際にからだで体験するまでは、自分にとってどういうものか分からないものです。

 


そして、ほとんどの場合、肩や首など緊張や痛みがある部分は、その人にとって、とてもデリケートな部分でもあります。敏感な部分だから、こころの動きに影響されて、そこに緊張を溜めやすくなっています。

自分のなかでも、デリケートな部分ですから、その状態が変化することは、やはり怖いものです。

より良くなる方向への変化であっても、変化は変化。

必ず何らかの痛みを伴います。

自分にとって未知のことですから、当然怖いですし、どうなるか不安なのです。

しかし変化するためには、そうした恐怖や不安もあるなかで、自分の感覚を改めて見ていくことが必要になってきます。

初めての感覚であっても、何度か繰り返していくうちに、徐々に慣れてきて、いつしか「いつも」の感覚のようになってきます。そうすると、からだは必ず「楽」な状態を選択しますから、弛んだ楽な状態を長く続けられるようになってきます。

そうしたプロセスをともに味わい、変化への痛みを和らげるために、セラピストという存在が必要な時があるのかもしれません。

日々のセッションのなかで、そのように感じることがあります。

 

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