どんなに求めても、永遠に手に入らないもの

死によって解決したこと


臨床心理士&ヨガセラピストの澤田 ちさこ です。 

 

以前のブログ 「困った問題の奥に隠れている、もっと本当の問題を知る」で、私の両親との関係についてお伝えしました。

 

私の父は、世間体が何よりも大切。

家族が本当に幸せか、ということよりも、他の人の目から見て「ちゃんとした家族」に見えることを優先していました。

そして、とにかく自分が正しい。

勉強しないとか、地域の活動に参加しなかったとか、父の気に入らないことがあると、怒鳴られたり、平手打ちされたり。

気が変わりやすいところがあるので、その時の父の気分次第ではあるのですが。

 

2010年に、癌を患い、父は亡くなりました。

容態が急変してのことだったので、その直後はショックでしたが、

気持ちが収まってくると、私は悲しいというより、重たい荷物を下ろしたような、ほーっと息がつけるというか、解放された気持ちが占めていました。

 

父との問題は、お互いに少しずつ歩み寄っているところでした。

父と食事をしながら、わたしはずっと父に気を遣いながら過ごしていたことを伝え、父は父なりに、私をずっと心配しいたと話してくれました。

父の体調が悪化するにしたがって、穏やかな関係になってきていました。

 

もう少し時間があったら、もっと関係を再構築できたかもしれないと、残念に思うこともありますが、父の死をもって問題が解決した、ということも事実です。

 

ただ自分自身を生きる


 

父の死後、私は母と正面から向き合うことになりました。

今まで父や弟、祖母を含めて向き合うことが多く、

(思えば、母と直接向き合いたくないために、第3者を巻き込む形で、間接的に向き合い、良好な関係を装ってきた、というのが本当のところです。)

そこで改めて、母と私との間の、問題の根深さがはっきり分かりました。

 

父の葬儀や後片付けの一連のゴタゴタが片付くと、なぜか、母と話をしたり、食事をしたりするのを苦痛に感じている自分に気付きました。

本当は、もうずっと前から嫌だったのだろう、と。

私は父に気を遣っているつもりだった、けれども、実際には常に母のことを伺い、母のことを気にしてきたのでした。

まるで母が赤ちゃんであるかのように。

(この言葉は、私が自分のためのセラピーで実際に使ったものです。)

 

この時に受けていたセラピーと、心理学の学びのなかで、

私は、それまでに母に取り込まれ、同一化してしまった自分の一部を取り戻さなくてはいけない。

過剰に母に向けていた関心・エネルギーを、もっと私にとって本来必要な人のために向けていかなくてはいけない。

母とは違う、自分自身、自分の人生を生きていかなくてはいけない。

 

私自身がこの世に生まれた役割、つまり、自分が自分でいるために。

自分のことを知り、ただ自分自身を生きるために。

こころの奥底から、決心しました。

 

分かって欲しかったのに、無理解に失望


そしてある時。

母とテレビを見ていると、たまたま女性作家が自身の母との関係の難しさ、について語っている番組が始まりました。

 

その後、どういう流れか、私が大学を選んだ時に、なぜ心理学科に行かなかったのか?という話になりました。

私がそうしなかったのは、父が反対したからです。

「心理学なんてやってどうするんだ?」

「語学をやれ」

「なんで心理学科なんて受けたんだ?」

当時は反対を押し切って行くだけの力がなく、仕方なく諦めるしかありませんでした。

私は、そのことを、当然母が知っていると思っていたのです。

 

ところが母は、

「何で心理学科に行かなかったの?せっかく受かってたのに。そんなに偏差値の高い大学に行きたいのかしら、って不思議だったわよ。文学部やなんかで」

と言ったのです。

私は言い返しました。

「お父さんが行くな、って反対したからじゃない。今更何言ってんの?」

すると母は、

「そんなこと知らなかった。何で相談してくれなかったの?」

「相談したって意味ないじゃない。気に入らないと叩くし。」

「そんなこと・・・知らなかった」

 

母は口元を引きつらせボロボロ泣き出しました。

一方で、私は驚いたのを通りすぎ、ただ呆れていました。

やっぱり私のことは何にも分かっていなかったんだ。と。

完全に失望しました。

 

本来の私でいることはできる!


 

私なりに、もう一度振り返って考えてみて、やはり知らないはずはないと思うのです。

母はずっと仕事をしていて、仕事のせいで、十分子供に関われなかった、とも言っていましたが、私には、仕事を建前としていただけなのでは、と思える。

気が付かなかったというよりも、気付きたくなかったのでは。とか。

 

このことについて、今は、母の中では実際にはどうだったのか、問い質したところで、答えは出ないだろう、ということが分かってきました。

母自身も分からない、母の内部の「何か」があるのでしょうから。

今では、それが、ありのままの母の姿だったのだと、受け入れつつあります。

 

そんなことを経て、私は、大学のキャリアカウンセラーの仕事を辞め、臨床心理士養成課程のある大学院に入学することになります。

今度は母も応援してくれました。

 

私がずっと母に求めてきたことは一体なんだったのだろう。

度々考えながら過ごしてきました。

それは、母に理解して欲しかったのです。

ただ、必要な時に私の話を聞き、ただ、私の気持ちを分かって欲しかった。

それだけだったのです。

 

今もって、母との関係は再構築作業中で、以前に比べると、本音で話せる機会も増えてきたかな、とは思います。

しかし、幼い頃の私や、進路を決めた当時の私が、本当に求めていたものは、永遠に手に入れることはできません。

あの時をやり直すことはできません。

「母に理解してもらうこと」はこれからまた、別の場面で得られるかもしれませんが、当時の私が必要としていたものとは、もはや別物に過ぎません。

 

私と同じように、過去の親子関係に苦しむ方とお会いする機会が多いです。

私と同じように、かつての自分が本当に欲しかったもの、必要としていたもの、それを今でも無意識のうちに求めている方もいらっしゃいます。

 

私自身も、無意識的に求める気持ちが完全になくなったわけではありません。

しかし、求めていたものを手に入れることはできない、ということだけは、

はっきり理解できるようになりました。

 

かつての私たちはもう、存在しません。かつての親たちもそうです。

求めていたものは、決して手に入らない。

けれども、私が私でいることはできるようになる。

母の一部のような私ではなくて、本来の私として、私でいることはできます。

どうか、そのことに気付いてください!

 

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