身体の声を聴く

「感じること」で自分を取り戻す(中) 〜心と身体のつながり〜

前回のブログに引き続き、「身体の感覚」の大切さについて、わたしが考えていることをお伝えしていますが、
今回は、身体の不調について。
そして心と身体のつながりについて。
いろいろとシェアさせていただきたいと思います。

痛みは先生

コロナ対策でリモートワークが多いためか、ひどい肩コリや腰痛、神経痛にお悩みの方が以前より増えているように感じます。

こういう肩コリや腰痛といった症状は、ごく日常的に誰でも経験するもの、とされていて、あまり真摯に向き合うというほどの感覚がないかもしれません。

毎日デスクワークなどで、同じ姿勢をずっと続けていると、肩周りや手首、腰周りといった一部分の筋肉だけが緊張してしまって、血液の循環が悪くなり、疲労物質が溜まる。
一般的には、それが肩凝りや腰痛の発生源とされていますね。

なので、血行を良くして、筋肉を緩めれば改善するはず、ですが。
そう単純なことではなく、なかなか凝りや痛みが解消されなくて困っている方とお会いすることが多いのです。

また、リウマチや神経痛をお持ちの方は、この湿気が多くて寒暖差の激しい時期では、一段と痛みが強くなって本当に大変ですね。

さらにはパニック発作とか、急にお腹が痛くなるとか、疲れているのに眠れないとか、身体が自分に意思ではどうにもならなくて、困っていらっしゃるかもしれません。

病院に行ったとしても、必ずしも不調が解消されるというわけでもなく、日々辛いお気持ちでいらっしゃるのではないでしょうか。

それなのに、「身体の感覚を大切に」とか、「身体は味方だ」と言われたところで、「そんなこと言ったって、身体がどうにもならなくて困ってるんじゃない。勝手なこと言わないでよ」と、腹立たしく思われるかと思います。

それでも、今日わたしがこのブログを書いているのは、やっぱり、あなたの「からだの感覚」を大切にして欲しいからなんです。

身体の痛みをコントロールできないと、本当に自分のことを無力に感じてしまうことと思います。
身体が自分の意思に反して、勝手に暴走していて、何とかしたいのに、どうにもならない。「わたし、どうしちゃったんだろう?」と。
そのうち何もかも嫌になってしまって、いっそのこと、身体を放り投げたい気持ちになることも。

かつて、わたしもそうでした。
けれども、それでも、身体の感覚に注意を向けて欲しいんです。
痛みから遠ざかるのではなくて、直面してみること。

なぜなら、身体の痛みは大切なことを教えてくれるからです。

身体の痛みは、将来深刻な不調が起きる前に警告している場合があります。
これ以上頑張ったら危ないというサインかもしれません。
または、自分として生きる上で向き合うべきもの。
より健康になる秘訣、などなど。

ここで、わたしの経験をお話します。

股関節の痛みから見つかった病気

30代に入った頃から、わたしは度々右側の股関節の不調を感じていました。

当時は、ヨガを学ぶことと並行して、スポーツジムに通っていました。
マシンを使ったり、ランニングをしたり、エアロビをやってみたり。

ジャンプして着地した時に股関節が痛くなったり、走っている途中で違和感を感じて、だんだん痛くなったり、という状態でした。

日常生活に支障があることもなく、それほど気にしてはいなかったのですが。
なんだか調子が悪いな、股関節がうまく動かないみたいだな、という日が2〜3日続いたある日。

仕事中に和式トイレに入ったんです。
(洋式トイレが使用中だったし、急いでいたので。)

用を足すためにしゃがんだら最後、股関節が痛くて立ち上がれなくなったんです。
立とうとすると股関節にズキッと衝撃が走る感じ。

「どうしよう…}
冷や汗は出てくるし、半ばパニックになりながら、考えました。

でも、もう、仕方がないので、痛みを承知の上で、思い切って立ち上がったんです。

衝撃が走るとは、まさにこのこと。
なんとか立ち上がれたものの、しばらく動けませんでした。

翌日、「でもまあ、大したことはないだろう」と思いつつ整形外科に。
ところが骨の病気を疑われ、後日MRIを撮ることになりました。

とりあえずその日は痛み止めを処方されて帰宅しました。

翌週、MRIの結果を聞くため、再度病院へ。
すると、「左側の卵巣が腫れているようです。」(!)と言われてしまいました。

その後、婦人科で詳しい診察を受けたところ、卵巣嚢腫だということが判明しました。

嘘のように痛みが消えた…

卵巣嚢腫というのは、卵巣に発生する良性の腫瘍で、決して珍しい病気ではありません。
命に関わることは稀かと思います。
ただ、時に悪性化(癌化)したり茎捻転の危険があります。
(この卵巣嚢腫体験については、また別の記事にまとめる予定です。)

病気が分かって驚いたのですが、それまでに何となく左側の下腹部に違和感があったことを思い出して、妙に納得する部分もありました。

ところが、この発見をきっかけに、股関節の痛みが完全に消えたんです。

結局のところ、整形外科的には何の異常もないということで、股関節自体には何の治療もしていないんです。
それなのに、本当に「嘘のように」痛くなくなったんです。
走ったり、広げたり、どんなに動かしても、全く痛みが出ない。

その後も現在に至るまで、股関節には全く痛みも異常もありません。

この時「痛み」というものの不思議さ、をしみじみ感じました。
左の卵巣に異常があったのに、痛みが出たのは右側の股関節だったというのも、今なお謎ですが。

そう、「身体の痛み」というのは、決して、ただ単に骨や関節や神経に異常があるから起きるというものではないんです。

身体の組織だけの問題ではありません。
もっと別な、いろいろな、複雑な原因が考えられます。
こんなふうに、わたしはそのことを自分の身体で実感しました。

病気のサインという役割

改めてよく考えてみると、この股関節痛とは、わたしにとって卵巣嚢腫を知らせるサインだったのではないか、としか思えないのです。

そのため、卵巣嚢腫だと自覚できた段階で、股関節痛はその役割を終えて、消滅していった、つまり痛む必要がなくなったのでしょう。

もし、この痛みがなかったら、この段階では嚢腫が発見出来なかったはずです。
卵巣嚢腫は、時間が経過するに従って、大きくなったり、悪性化するリスクが高まります。(わたしは癌家系なので、なおさらです。)

この時に気づかずにいたら、ひょっとしたら卵巣嚢腫を通り越して卵巣癌になっていたかもしれません。
特に卵巣癌は、自覚症状が少なく早期発見が難しい癌のうちのひとつで、気づいた時にはかなり進行しているケースも多いようです。
ある意味、ラッキーだったと言えます。

病気が見つかったことで、生活習慣や仕事のことを考え直すきっかけにもなりました。

なので、「身体の痛み」というのは、何か大切な意味を持っている、というふうに、わたしには思えてならないのです。

「身体の痛み」は「心の痛み」

前述したように、身体の痛みというのは、ただ単に身体の不調から生じているだけではありません。
さらには心の不調を、身体が代わって「身体の痛み」として表現していることがあるのです。

最近では、医学的にも、心理的な原因で肩こりや腰痛が起きることが分かってきています。
「心因性の慢性疼痛」とされる症状です。

骨や関節、筋肉に異常があったり、機能障害がある場合は、腰痛や神経痛など痛みがあるのは当たり前ですよね。

ところが、病院で検査しても骨・筋肉・関節などに異常がない。
それでも、なぜか痛みが治まらない。

こういう場合は、心因性、つまり何か心理的な原因が関係していることがあります。

心理的に強いストレスがあったり、小さくても慢性的にストレスが蓄積されて、自律神経、内分泌系、免疫系のバランスが崩れて「痛み」を生じさせているのです。

また、心理的ストレスは身体の痛みとして感じられるだけではなく、アレルギー、アトピー、過敏性腸症候群などなど、さまざまな病気の発症に関わっているということが常識となりつつあります。
さらには癌や免疫系の難病についても、やはり心理的な問題が一因となっていることが、医学的な研究によっても明らかにされてきています。

身体的な不調や病気は、一見、心理的な問題とは関係ないように思われるかもしれませんが、実際は、かなり心理的な要因が背景にあると考えずにはいられません。
(もちろん、100%心理的な問題ということではありませんが。)

心で感じられない・感じたくないことを身体は代弁する

そこで、病院に行っても異常が無く、マッサージや整体を受けたり、仕事の後にしっかり休んでも治らないような、肩凝り、腰痛、神経痛etc.は、思い切って心因性では?と疑ってみても良いかもしれません。

身体の痛みには何か原因というか、痛みとしてしか表現できない何かがあるはずだと、わたしは考えています。
そこを探っていくことが、痛みを改善する最も早くて確実な方法になります。

不安や怒りといったネガティブな感情を心で感じたくなくて、代わりに「痛み」として身体で感じていたり。

頭では割り切れないような、モヤモヤしたもの、無意識のなかにあって言語化しきれないもの。
満たされなかった欲求、切り捨てるしかなかった願望、自分でも認めたくない負の感情…

そういうものがあること、そして、それに向き合うことが今まさに必要だということを、より深い部分のあなたが、あなた自身に伝えたくて、「身体の声」として発せられているのではないでしょうか。

心と身体の複雑な関係

そうは言っても、痛みは本当に辛いものです。
痛みがひどいと、為す術もないかのような、無力感に襲われてしまうこともあるかと思います。

その無力感が一層、痛みの辛さを倍増させてしまいます。
つまり、実際の身体の「痛み」そのもの以上に、痛みが辛いもの、苦しいものになっていることが多いのです。
他でもない、わたし達の「心の働き」によって。

なぜ、「痛み」が辛いの?

身体のどこかに痛みがあると、わたし達は、心の働きによって「痛み」について何かと考えてしまいます。

「いつまで痛いんだろう?大丈夫かな?」
「医者は大したことないみたいに言うけど、本当は重病かもしれない」
「痛くて〇〇ができない」

こんなふうに、身体が感じている「痛い」という感覚以外に、心が勝手に不安や恐怖、無力感など、さまざまなネガティブな感情を生み出していきます。

この、身体の痛みにくっついた、ネガティブな感情こそが、痛みの感覚をより一層辛く、苦しいものにしています。

「いつまで、どれだけ痛いのに耐えればいいのか分からない」と不安になったり。
「また痛くなったらどうしよう?」といつも怯えてしまったり。
「もう自分は痛みから逃れることはできないに違いない」と誤って思い込んだり。
「痛みが辛すぎて、自分ではどうにもならない」と無力感に陥ったり。

身体の痛みと同時に、わたし達人間は、こういう感情を持たざるを得ないので、「痛み」というのが本当に辛く、時には命を脅かすものにもなり得るんです。

痛みに付随する感情を見直す

なので、「身体の痛み」に対する心の持ち方、痛みに対する受け止め方を見直していくことが、痛みを軽減する方法のひとつになります。

そのためには痛み・違和感から遠ざかるのではなく、直面していくことが必要になってきます。

「痛い」ということを、ありのままに認めること。
そのうえで、「なぜ、痛いのか?」を改めて考えてみること。

なぜ、わざわざこんな当たり前のことを強調するのかというと。

Chisako
Chisako
心が嘘をつくからです!

例えば「痛くない」と無理矢理思い込もうとする。
「大丈夫よ」と、わざと痛みを感じないようにする。
時には「痛み」から逃れるために、無自覚のまま、自分にとって、もっとマイナスになる行動をする。

だから、改めて「痛い」という「身体の感覚」に正面から向き合う必要があるんです。

「痛み」への向き合い方を変えていく

ずっと「身体の痛み」が続いていると、なにか、コントロールできないもの、変化しないもの、というふうに思い込んでしまう場合があります。

ところが、決してそんなことはないんです。

身体の痛みというものは、本来一瞬一瞬変化するもの。
次の瞬間も、全く同じ痛みが続くことはありません。

そして、そういう「痛み」を感じている自分自身は変化しないんです。
どんなに痛くても、「自分の本質」は変わらないんです。

どうぞ、そのことは忘れないでください。

この記事では、身体の感覚を「身体の痛み」という観点からお伝えしてきました。

次回の記事で、「痛み」への向き合い方を変化させるにはどうすればいいのか。
「身体の感覚」を取り戻すためにどんなことをしていけばいいのか。

またしても、わたし自身の経験に基づいてお伝えしていきます。

ABOUT ME
Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
定員2名までの超少人数制クラスで、伝統的なヨガを学んでみませんか?

本来のヨガの目的のひとつは、「心をケアすること」。
そんな伝統に立ち戻って、メンタルケア・ストレスケアとしてのヨガをマイペースで学べるクラスを開催しています。

臨床心理士としての経験から、からだを整えることで、心をケアし、ストレスを和らげる効果のある内容を厳選してお伝えします。

定員2名までの超少人数制。
そのため、いつも、あなたに合った特別な内容になります。

日曜クラス(午前・午後)、木曜クラス定期開催。

ご家族やお友達同士で2名のご参加ですと、あなたのご希望の日時でクラスを開催いたします。

詳細・お申し込みはこちらから