こころとカウンセリングのこと

先日、あるクライアントさんとお話してから、しばらく考えていることがあります。 それが、「人は死んだら終わりなのか?」ということ。 生きている以上、死ぬのは当然、だから考えても仕方ないから…と、私たちはたいてい、日々の生活のなかで忙しくしていて、考えないようにしていることが多いと思います。

少々お休みをいただいておりましたが、今年度のの学会参加も無事終了し、通常通り営業しております。 今年は「動きの心理学:トラウマと愛着の治療における身体の役割」というタイトルのワークショップに参加してきました。

皆さま初夢はもうご覧になったでしょうか。 夢というものは、心理療法でも重要な意味があり、私もずっと興味を持っています。夢について、思い出したことや、今の私の考えていることをお伝えします。

長いお休みをいただいておりました。 この間、ゆっくり歩いては立ち止まり、日常生活を少し離れる時間を持つことができました。 そこで感じたことなどを記してみました。

近頃、この「時熟」という言葉が気になっているのです。この言葉は、以前、精神分析を学んでいた時に、担当の先生からお聞きした言葉です。 今でも私にとって折に触れて思い出す言葉になっています。

前回のブログに引き続き、いろいろ考えさせられることが多かった研修会での経験から。そのなかで「変わりたい」と「変わりたくない」という気持ちについて。自分を変えようと思って行動しても、なかなか、うまくいかないことも。

7月28日、29日は今私が学んでいる臨床動作法の研修会が行われました。 今回は先生方との距離が近く、きめ細かくご指導いただきました。 この学びのなかから、特に印象に残った、こころとからだの関係についてご紹介します。

髪の状態やヘアスタイルによって、気分が違うという経験をされたことがあると思います。髪とこころの状態は深く関わっているのです。以前実際に体験したエピソードなどを交えて、お伝えしています。

雨の季節、からだやこころの調子を崩しやすくなります。いつも当たり前にやっていることが、雨のせいでうまくいかなかったり。 でも、落ち込んだりする必要はありません。毎日生活していくことこそ、本当は大変なことなのです。

カウンセリングには様々な技法や理論、方向性がありますが、かぜのねがそれ以上に大切にしていることをお伝えします。 「こころのなかで起こることに、無駄なものは何もない」 こころのなかは、絶え間なく変化しています。そうした一瞬一瞬のプロセスを丁寧に見つめていきます。

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