学びのシェア

人は死んだら終わり?たとえ自殺しても「自分」はやめられない

突然ですが、「人は死んだら終わり?」
この質問に対して、あなたはどう答えますか?

Chisako
Chisako
わたしは、はっきりNO!と言います。

その答えのもとになった、わたし自身の経験を、あなたにシェアしたいと思います。

「自分らしい生き方」にかかわる永遠のテーマ

「死ぬ」ということ。
これは、永遠のテーマです。
自分らしい生き方を考えるためにも、決して避けて通れないことだと思います。

でも、「死ぬ」ことについて、ちゃんと考えることは、「自分が死ぬ」ことを連想させます。だから、怖いことでもあるんです。

そのため、わたし達はたいてい、日々の生活のなかで忙しくしていて、あえて考えないようにしていることが多いと思いもの。
けれども、ある時ふっと、どうしても考えずにいられなくなることがありますよね。
家族やお友達を亡くした時や、病気にかかったり、事故にあってしまったりという時など。

決して答えが出る問題ではないかもしれません。
誰かに相談しても解決するものでもないでしょうね。

「死んだら全て終わってしまうのか」という問いに対して、「イエス」と答えるか、それとも「ノー」と答えるか。
どちらを選ぶのかによって、「生き方」の前提、どういうふうに生きるか、あなたの人生とは何か?
そんな人生観が変わってくるはず。

真摯に自分と向き合うあなただけに。

ここから先は、「自分らしく生きる」ことを真剣に考えているあなただけ読んでください。
言葉で表現しきれないことなので、分かりづらい表現もあるかと思います。

そして、あらかじめお断りしておきたいのは、このことは、決して特別な経験ではない、ということ。
わたしが普段の生活の中で経験した事実です。
スピリチュアル的な覚醒だとか、オカルト的にどうこう言われるものではありません。

それに、心理の仕事をしていますと、スピリチュアル的なものというのは、決して特別なことではないというふうに感じます。

スピリチュアルというと、ある種の特別な能力のある人だけのもの、
特別に繊細な感覚を持つ人だけのもの、
秘境のパワースポットのような特別な場所に行かなくてはいけない。

そんなふうに思われがちですが、わたしは全く逆だと思います。

心のことを、少し深い部分で語る時、誰にでも、避けては通ることができない話題なのです。
今まで、たくさんのクライアントさんのお話を伺ってきましたが、どんな方でも、お話が進んでいくと、必ずと言っていいほど、スピリチュアル的な要素が出てきます。

人間には、仕事とか家庭とかごく普通の生活の延長線上に、スピリチュアル的ものが確かにあるのです。

前置きが長くなりましたが、「自分は終わらない」と確信するに至った、わたしのある体験を共有させてください。

2016年9月のある水曜日。
朝から日差しが強く、まだ残暑が厳しい日でした。
当時、ヨガインストラクターになりたてだった私は、仕事が休みの日は、朝から夕方まで代々木にあるヨガスクールで勉強していました。

1回80~90分のヨガクラスを1日3回受けるんですが。
その日も午前中からはじめて、15時から3クラス目のレッスンに参加しました。
そのレッスンの最後に、それは起こったのです。

私のクラスを含めて、ほとんどのヨガのクラスでは、一番最後に「シャヴァアーサナ」というポーズをとります。これは通称「屍のポーズ」とも呼ばれていて、仰向けに横になって完全リラックスするものです。

↓こんな感じ。

1日中、かなりハードな内容の練習をしていたし、まだ暑くて、私はぐったり横になりました。
先生の「ゆっくり呼吸します」という声が聴こえていました。

ところが・・・突然、それは起こりました。

意識が急になくなったのです。

ふと気が付くと、周りは真っ暗。
自分がどこで、何をしていたのか、全く記憶がないんです。
意識が飛んだ、とはまさにこのこと。

・・・ここはどこ?
…家ではなさそう。
今何時だろう?真夜中みたい。
どうしたんだろう???

 

何となく分かってきたのは、どうやら深く眠っていたらしいこと。
そして、二の腕あたりがスースーして肌寒い感じ。

自分がどこにいるのかも、全く分からなくなっていました。
ぼんやりしたまま、記憶をたどっていくと。

あ、ヨガやってたんだっけ…
え?じゃあ、今ってクラスの最中?
じゃないみたいだけど・・・
あれ?いつの間に終わったの?
もしかして、寝ちゃってそのまんま?
スクール閉まって真夜中に取り残されたとか?
なんで誰も起こしてくれなかったんだろう?

 

・・・訳が分からなくて、ちょっとしたパニックに。

ちょうどその時、ヨガマットの上で仰向けのポーズをとっている、わたし自身の姿が見えました。
自分の頭の少し上位の位置から見下ろしている感じです。

そっか、ノースリーブ着てるから腕が寒かったんだ

 

と妙に納得していると、先生の声が。

「そろそろクラスを終える準備をします。手足をゆっくりと動かして…」

は!?

その瞬間、意識が戻りました。

わたし、どうしてたんだろう・・・?

 

先生の指示通り、恐るおそる胸に手を当てて、呼吸を確かめて…
少しずつ身体を動かしていきました。

何だか分かんないけど、とりあえず今はここにいる…
ちゃんと生きてる…
あれは一体なんだったんだろう・・・?

 

とても不思議な体験でした。

体外離脱体験・・・だったらしい

その日はそれから何だか夢うつつのような感覚がしばらく続いていました。
あまりにも不思議。
でも、確かに経験したという実感がある出来事でした。

後になって、やっぱり気になって、あれこれ調べてみたところ、
どうやら、一時的に意識が肉体を離れてしまったらしい。
体外離脱体験をしたようだ、ということが分かってきました。

でも、はっきり分かったのは、
そんな状態になっても、からだの感覚がちゃんとあったこと。
「二の腕がすーすーする」という。

この「寒い」という身体の感覚は、普段の生活で感じる感覚と全く同じものです。

そして、その、からだの感覚の源となるもの、
わたしという意識の源、
つまりわたし自身は、肉体を離れても、ちゃんと存在し続けていた。

「寒い」なんてありふれた感覚に過ぎないけれど、もしかしたら、
こんな身体の感覚がなければ、ちゃんと肉体に戻って来れなかったかもしれません。

そう思うと、本当にからだの感覚は愛おしい。
時には、痛みとか、嫌なものもありますが、わたしにとっては、自分が今いるべき場所を教えてくれたものです。

身体の感覚は、暴走してしまうこともあります。
わたし自身、そんな身体の暴走に悩まされたこともありました。
でも、わたしにとって、いつも向き合うべきものを教えてくれるものでもあるのです。

からだがあるから、わたしは、今のわたしでいられるのです。

「自分の感覚」を生み出す源が確かに存在している。
その自分の感覚の源こそ、わたしという意識、命の根源で、魂と呼ばれているもの。
やっぱり、それは実際にあるんです。

そして、それは、肉体、つまり自分の普段の身体を離れても、「わたし」のままあり続けている。
ちゃんと存在するものなのです。

この経験から、おそらく、自分自身は永遠に続いていくのだろう。
そして、自分から逃れることはできないのだろう。
そう考えるようになりました。

肉体は本来、儚いもの。

現実世界では、身体と心は一体です。
あなたも、わたしも、肉体である体と、脳の働きでもある心はセットになっていて、この世に存在しています。
そしてわたしは、日常の現実世界では「澤田ちさこ」として活動しています。

やがて、肉体は死を迎え、同時に心の働きも止まります。
でも、その二つが無くなっても、「自分の源、自分の根底にある何か核のようなもの」は無くなることはないんです。

そもそも肉体は、はかないものです。
ヨガの教えでは、
「本来人間の命は、次の呼吸があるかどうかも確実ではない」とされています。

それくらい、肉体というものは、本当は不確実なものなのかも。
昨日元気でも、今日には、急に亡くなることだってあり得ます。

でも、例えばピアノの音のように、次の瞬間にはもう存在していなくても、確かに「音があった」という事実は失われません。
音が今の肉体だとすると、音を生み出すピアノが自分の根源。
確実に、それは残ります。

もちろん客観的な証拠などはありません。
が、今まで多くの方にお会いして、いろいろお話を伺ってきたなかで、また自分でも体験して、私自身はそう実感しています。

死んでも終わらない「自分」というもの

なので、「人は死んだら終わりなのか?」という質問への私の答えは、当然「ノー」なんです。

時折、「どうせいつかは一人になる。それに死んだら終わり。」と半ば投げやりにおっしゃる方にお会いすることがあります。

「今の人生があまりにも辛くて、毎日憂鬱でしかたない」
「もう、消えてしまいたい」
「死にたい」
「死んだら全て解決する。」

そう感じることもあると思います。
わたしも何度もそういう思いをしてきました。

ついに自殺という手段をとってしまう場合もあります。

もちろん、そうすれば「今の身体」から逃げることはできます。

でも、例えそうしたとしても、一時的なものに過ぎません。
あなたという意識は残ります。

また次の人生へと、永遠に自分はついてまわります。
自分でいることを、やめることはできないのです。

なので、結局のところ、自分と向き合っていくしか、他に方法はないんです。

だからどうか、今は辛くても何もできないのであれば、
ほんの少しだけ、じっと待っていてみてください。

無理に何かをしようと焦ることはありません。

何もしなくても、この世では、時間が経過して、状況は刻々と変わっていきます。
行動できない自分を責めないで、その時を少し、待ってみてください。

あなたが自分でいることを諦めない限り、必ずまた立ち上がれるようになります。

いつも、いつまでも、自分でいるということ。

この不思議な体験をしてから、日頃の生活のなかでも、わたしは、考え方が本当に変わりました。

普通に生活していると、当然、仕事やら家のことやら人間関係やら、いろいろあります。
やらなくてはいけないこともたくさんあって、焦ったり、うまくいかなくて落ち込んだりすることもたくさんあります。

でも。
究極、いつも、いつまでも自分なんです。

だから、とにかく、自分と向き合っていくしかない。
自然と覚悟が決まりました。

普段の、当たり前の生活の中で、
一瞬一瞬変化していく、からだの感覚を確かめ、
自分であるとはどういうことか、自分にただ向き合っていくこと。

それだけです。

わたしはそうするようになって、一層、いろいろなことに気付くようになりました。
今も、ネガティブな気分になることも当然あります。
けれども、

あれもこれもやらなくては、と、自分を追い詰める必要もない。
今の人生でやり残したことは、また次の人生で続きをやればいいだけだから。

自然とこんな思いが、自分のなかから浮かんできて、すぐに落ち着くことができるようになりました。
「どんなにダメでも、それでいいんだ」と思えるんです。
正直、とても楽になりました。

なぜなら、いつまでも自分は自分。
自分の源が変わらずにあるのだから。
焦ることはありません。

苦しみも、辛さも・・・体験すること自体に意味がある

そして。
いろいろあったけれど、今では、苦しみの経験も、後にも先にもない、その時の自分にしか体験できないことだった。
今では、そう思えるようにもなりました。

どんなことも、本当はあなたしか体験できないこと。

例えば、簡単なところで、頭痛ひとつとってみても。
今あなたが感じている頭痛は、今のあなただけのもの。
この瞬間、あなたが感じている、その痛みは、他の人と共有することはできません。

他の人が、あなたの代わって、あなたの頭痛を感じることはできないのです。

それは、当然と言えば、当然のこと。
なぜなら、あなたにも、あなたにしかない、あなたそのものがあるから。

その、あなたの源が生み出している、あなたの痛みという感覚なのですから、他の誰も感じることができないもの、あなたしか感じることができないものなんです。

究極、そういう自分だけしかできない体験を、わたし達は、本当は毎日体験しているわけです。なので、そのことそのものに、計り知れない意味があると思えます。

それは人生全ても同じ。

どういう人生を送ったか、何をしたか、しなかったか、というレベルではない、
「生きた」「存在した」ということ。
それ自体に全ての意味があるのだろう、と。

あなた自身も、永遠にあなたのまま。

わたしが今、今こんな仕事をしている理由。

それは、
「あなたにも、あなたにしかない唯一の源がある。そして、永遠に自分は自分」
このことを、
あなたを含めて、ひとりでも多くの女性に実感していただきたいからです。

わたしには、普通の人が当たり前にできることができなくて、ダメなところばっかり。
まだまだ試行錯誤の途中です。

それでも、このことを知っていただくことで、あなたにも、早く楽になってほしいんです。

一人ひとりが感じている、痛みそのものは共有できません。
けれど、痛みを感じる存在同士として、分かち合えることは必ずあるはずです。

もしかしたら、今のあなたには、いろいろあって、辛すぎてと、とてもそうとは思えないかもしれません。
でも、あなたの今の苦しみ、痛み、辛さは必ず終わりがあります。
そして、あなたの肉体も。

でも、あなたの源、あなた自身は、ずっと終わることはありません。

そこで大切なのは、

毎日の生活のなかで、日常の泥臭さと付き合いながら、
慌てず、焦らず、自分と向き合っていくこと。

それだけです。

このことは、決して、特別なことではありません。
限られた人だけのものではありません。
特別な才能や能力は関係ありません。

普段の、いつもの、あなたの生活の中で、「自分と向き合う」決意をして、やってみるだけ。普段の生活のなかにこそ、必要な気付きはあります。

あなたがあなたでいること。

それは永遠に続くことです。
どうか、そのことを忘れないでください!

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

ABOUT ME
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Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
ヨガ、心理学から学んだ知恵をあなたにも
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