自分を生きること

人は死んだら終わり?たとえ自殺しても「自分」はやめられない

突然ですが、「人は死んだら終わり?」
この質問に対して、あなたはどう答えますか?

Chisako
Chisako
わたしは、はっきりNO!と言います。

その答えのもとになった、わたし自身の経験を、あなたにシェアしたいと思います。

「自分らしい生き方」にかかわる永遠のテーマ

「死ぬ」ということ。
これは、永遠のテーマです。
自分らしい生き方を考えるためにも、決して避けて通れないことだと思います。

でも、「死ぬ」ことについて、ちゃんと考えることは、「自分が死ぬ」ことを連想させます。だから、怖いことでもあるんです。

そのため、わたし達はたいてい、日々の生活のなかで忙しくしていて、あえて考えないようにしていることが多いと思いもの。
けれども、ある時ふっと、どうしても考えずにいられなくなることがありますよね。
家族やお友達を亡くした時や、病気にかかったり、事故にあってしまったりという時など。

決して答えが出る問題ではないかもしれません。
誰かに相談しても解決するものでもないでしょうね。

「死んだら全て終わってしまうのか」という問いに対して、「イエス」と答えるか、それとも「ノー」と答えるか。
どちらを選ぶのかによって、「生き方」の前提、どういうふうに生きるか、あなたの人生とは何か?
そんな人生観が変わってくるはず。

真摯に自分と向き合うあなただけに。

ここから先は、「自分らしく生きる」ことを真剣に考えているあなただけ読んでください。
言葉で表現しきれないことなので、分かりづらい表現もあるかと思います。

そして、あらかじめお断りしておきたいのは、このことは、決して特別な経験ではない、ということ。
わたしが普段の生活の中で経験した事実です。
スピリチュアル的な覚醒だとか、オカルト的にどうこう言われるものではありません。


2016年9月のある水曜日。
朝から日差しが強く、まだ残暑が厳しい日でした。
当時、ヨガインストラクターになりたてだった私は、仕事が休みの日は、朝から夕方まで代々木にあるヨガスクールで練習していました。

1回80~90分のヨガクラスを1日3回受けるんですが。
その日も午前中からはじめて、15時から3クラス目のレッスンに参加しました。
そのレッスンの最後に、それは起こったのです。

私のクラスを含めて、ほとんどのヨガのクラスでは、一番最後に「シャヴァアーサナ」というポーズをとります。これは通称「屍のポーズ」とも呼ばれていて、仰向けに横になって完全リラックスするものです。

↓こんな感じ。

1日中、かなりハードな内容の練習をしていたし、まだ暑くて、私はぐったり横になりました。
先生の「ゆっくり呼吸します」という声が聴こえていました。

ところが・・・
その先の記憶がないんです。

ふと気が付くと、周りは真っ暗。
自分がどこで、何をしていたのか、全く覚えてないんです。
意識が飛んだ、とはまさにこのこと。

・・・ここはどこ?
…家ではなさそう。
今何時だろう?真夜中みたい。
どうしたんだろう???

 

何となく分かってきたのは、どうやら深く眠っていたらしいこと。
そして、二の腕あたりがスースーして肌寒い感じ。

ぼんやりしたまま、記憶をたどっていくと。

あ、ヨガやってたんだっけ…
あれ?いつの間に終わったの?
もしかして、寝ちゃってそのまんま?
夜中になってるとか?
なんで先生起こしてくれなかったんだろう?

 

訳が分からなくて、ちょっとしたパニックに。

ちょうどその時、ヨガマットの上に仰向けになっている、自分の姿が見えたのです。
頭の少し上のあたりから見下ろしている感じで。

そっか、ノースリーブ着てるから腕が寒かったんだ

 

と妙に納得していると、先生の声が。

「そろそろクラスを終える準備をします。手足をゆっくりと動かして…」

え!?

その瞬間、意識が戻りました。

わたし、どうしてたんだろう・・・?

 

先生の指示通り、少しずつ身体を動かして、胸に手を当てて、呼吸を確かめました。

大丈夫。ここにいる。生きてる・・・

 

ゆっくりと起き上がって座ることもできました。

体外離脱体験・・・だったらしい

その日はそれから何だか夢うつつのような感覚がしばらく続いていました。
あまりにも不思議。
でも、確かに経験したという実感がある出来事でした。

やっぱり気になって、あちこち調べてみたところ。

どうやら、一時的に意識が肉体を離れる、つまり体外離脱体験をしたらしい。

そこで体感したこととは。

「わたし」という意識。自分というもの。
それは、肉体、つまり自分の普段の身体を離れても、「わたし」のまま、あり続ける。
ちゃんと存在するものなのです。

ここでご紹介した、わたしの体験では、「寒い」という身体の感覚がありました。
それは、普段の生活で感じる感覚と全く同じものです。

そういう、「自分の感覚」を生み出す源が確かに存在している。
そして、それは、肉体を離れても、自分のままあり続けている。
そのことを確信しました。

その自分の感覚の源こそ、わたしという存在、命の根源で、魂と呼ばれているもの。
やっぱり、それは実際にあるんです。

肉体は本来、儚いもの。

現実世界では、身体と心は一体です。
あなたも、わたしも、肉体である体と、脳の働きでもある心はセットになっていて、この世に存在しています。
そしてわたしは、日常の現実世界では「澤田ちさこ」として活動しています。

やがて、肉体は死を迎え、同時に心の働きも止まります。
でも、その二つが無くなっても、「自分の源、自分の根底にある何か核のようなもの」は無くなることはないんです。

そもそも肉体は、はかないものです。
ヨガの教えでは、
「本来人間の命は、次の呼吸があるかどうかも確実ではない」とされています。

それくらい、肉体というものは、本当は不確実なものなのかも。
昨日元気でも、今日には、急に亡くなることだってあり得ます。

でも、例えばピアノの音のように、次の瞬間にはもう存在していなくても、確かに「音があった」という事実は失われません。
音が今の肉体だとすると、音を生み出すピアノが自分の根源。
確実に、それは残ります。

もちろん客観的な証拠などはありません。
が、今まで多くの方にお会いして、いろいろお話を伺ってきたなかで、また自分でも体験して、私自身はそう実感しています。

死んでも終わらない「自分」というもの

なので、「人は死んだら終わりなのか?」という質問への私の答えは、当然「ノー」なんです。

時折、「どうせいつかは一人になる。それに死んだら終わり。」と半ば投げやりにおっしゃる方にお会いすることがあります。

「今の現実があまりにも辛くて、毎日憂鬱で仕方なくて、もう、消えてしまいたい。」
「死ねば全てが解決する。」

そう感じることもあると思います。
私自身も、何度もそんな気持ちを経験してきました。

自分でいることが辛すぎるあまり、
ついに自殺という手段をとってしまうこともあるかもしれません。

もちろん、そうすれば「今の身体」から逃げることはできます。

でも、たとえそうしたとしても、一時的なものに過ぎません。
いつまでも自分は自分なんです。
そこから逃げることはできません。

何をどうしても、自分は自分のまま。
自分でいることを、やめることは永遠にできないのです。

なので、結局のところ、自分と向き合っていくしか、他に方法はないんです。

完璧主義をやめられた!

この不思議な体験をしてから、日頃の生活のなかでも、わたしは、考え方が本当に変わりました。

普通に生活していると、当然、仕事やら家のことやら人間関係やら、いろいろあります。
やらなくてはいけないこともたくさんあって、焦ったり、うまくいかなくて落ち込んだりすることもたくさんあります。

わたしは以前は、特に、「ちゃんとやらなくては!」
そういう気持ちで、いつも何かに追われるような感覚で生活していました。

だから、ちょっとしたことでも、イライラしたり、ネガティブになったり、焦ったりする。
「ああ、ダメだ・・・こんなんじゃマトモな人間じゃない」とか。

でも。
究極、いつも、いつまでも自分なんです。

だから無理をしないで、できる限りやればいい。
今、全てを完璧にやらなくてはいけないこともない。
「澤田ちさこ」という身体と心が与えられて、今の人生がある。
この人生で、やれなかったことは、また次のチャンスで続きをやればいい。

今も、ネガティブな気分になることも当然あります。
でも、自然とそういう思いが、自分のなかから浮かんできて、すぐに落ち着くことができるようになりました。
「どんなにダメでも、それでいいんだ」と思えるんです。
正直、とても楽になりました。

なぜなら、いつまでも自分は自分。
自分の源が変わらずにあるのだから。
焦ることはありません。

苦しみも、辛さも・・・体験すること自体に意味がある

そして。
いろいろあったけれど、今では、苦しみの経験も、後にも先にもない、その時の自分にしか体験できないことだった。
今では、そう思えるようにもなりました。

どんなことも、本当はあなたしか体験できないこと。

例えば、簡単なところで、頭痛ひとつとってみても。
今あなたが感じている頭痛は、今のあなただけのもの。
この瞬間、あなたが感じている、その痛みは、他の人と共有することはできません。

他の人が、あなたの代わって、あなたの頭痛を感じることはできないのです。

それは、当然と言えば、当然のこと。
なぜなら、あなたにも、あなたにしかない、あなたそのものがあるから。

その、あなたの源が生み出している、あなたの痛みという感覚なのですから、他の誰も感じることができないもの、あなたしか感じることができないものなんです。

究極、そういう自分だけしかできない体験を、わたし達は、本当は毎日体験しているわけです。なので、そのことそのものに、計り知れない意味があると思えます。

それは人生全ても同じ。

どういう人生を送ったか、何をしたか、しなかったか、というレベルではない、
「生きた」「存在した」ということ。
それ自体に全ての意味があるのだろう、と。

あなた自身も、永遠にあなたのまま。

わたしが今、今こんな仕事をしている理由。

それは、
「あなたにも、あなたにしかない唯一の源がある。そして、永遠に自分は自分」
このことを、
あなたを含めて、ひとりでも多くの女性に実感していただきたいからです。

わたしには、普通の人が当たり前にできることができなくて、ダメなところばっかり。
まだまだ試行錯誤の途中です。

それでも、このことを知っていただくことで、あなたにも、早く楽になってほしいんです。

一人ひとりが感じている、痛みそのものは共有できません。
けれど、痛みを感じる存在同士として、分かち合えることは必ずあるはずです。

もしかしたら、今のあなたには、いろいろあって、辛すぎてと、とてもそうとは思えないかもしれません。
でも、あなたの今の苦しみ、痛み、辛さは必ず終わりがあります。
そして、あなたの肉体も。

でも、あなたの源、あなた自身は、ずっと終わることはありません。

そこで大切なのは、

毎日の生活のなかで、日常の泥臭さと付き合いながら、
慌てず、焦らず、自分と向き合っていくこと。

それだけです。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 自分らしく生きたいあなたのために、私のこれまでの学びを、ギュッと凝縮して共有していきます。ご相談はお気軽に。 根が不器用なので、ただシンプルに生きるのが信条。
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臨床心理士である、わたし自身が自分の心身の不調を改善するため、
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