雑記帳

「母が重い」症状からの回復が難しいのは?

前回の記事では、「母が重い」関係を改善するには、「母≠私」であることを、腑に落ちるように認識していくことが大切ではないか、とお伝えしてきました。

わたしは今、カウンセラーとして、母娘関係に悩む方のお話を伺う日々を過ごしていますが、本当に苦しんでいらっしゃる方が多いと感じます。

また、一見母娘関係の問題とは関係のないことで悩んでいらっしゃるように見えても、その背景には、おそらくお母様との関係が影響しているのだろう、と思えることも多いものです。
ご本人は、まさかお母様との問題があるなんて、夢にも思っておられないでしょう。

そのくらい、わたしに限らず、母娘関係の問題というのは、当事者にとって気付くのが難しいのだと思います。

特に、深刻な虐待を受けているのでもなく、ほぼ「普通の」母娘関係だったという場合は尚更、本当は母との関係において、非常に傷付いた体験をしていても、「問題がある」ことを自覚するのが難しいのです。

それに、外側からは本当に分からないですから。
一見仲が良さそうに見えても、母に対して、本当は非常な葛藤を抱えている。
けれども、自分でも「仲良くありたい」ので、母に対して、どこかで違和感を持っていても、自分のなかで認めたくない。
そこで表面的には「仲良く」振る舞っている。
そういう状況に陥りがちなのだと思います。

こんなふうに、問題があること自体に気付くのが難しいのですから、当然、改善するのも難しいのですよね。

母親との関係を見直すというのは、とてもデリケートで、とても難しいこと。
実際、わたし自身も、その難しさが身に沁みています。

この記事では、わたし自身のことを少しお話します。

わたしが母との関係をどんなふうに見つめ直してきたか、実際のところをお伝えし、母娘関係の難しさについてお伝えしていこうと思います。
ひとつの実例として、参考にしていただけると嬉しいです。

長年の不調の原因を探って…

わたしは思えば高校生位の時から、気分や体調に波があることが多くなり、20歳を過ぎる頃から、その波が大きくなっていったような記憶があります。

25歳前後が最大のピークだったのですが、その後も30歳過ぎ位まで、気分も体調も不安定なままの状態でした。

そこで20代後半位から、ずっと悩まされていた心身の不調を根本的に改善したくて、試行錯誤を繰り返す日々を送ってきました。

「なぜ、こんなに不安定なんだろう?」

その原因を探るなかで、自分という存在、自分の過去、そして自分と家族の関係などなどを、改めて見つめて直してみた時に、まずは父との問題が浮上してきたのでした。

いつしか父とは折り合いが悪くなってしまい、なかなか上手にコミュニケーションを取ることが出来ませんでした。
いつ怒鳴られるか、不安で仕方がなかったので、打ち解けて話をした記憶があまりありません。

父とのことも、やはり不調の原因のひとつであったことは間違いありません。

母との関係も不調の大きな要因に

父との関係に向き合い、わたしのなかで、父とのことが整理されていくうちに、今度は母とのことが心に引っかかるようになってきました。
母との間には「全く問題が無い」と思っていたのに。

その後、紆余曲折がありましたが、母との関係あった大きな葛藤に気付く段階に至りました。

それまでには、正直、長い時間がかかりました。
けれども、当時とは打って変わって気分も体調も安定した今、やはり自分にとっては、必要な時間だったのだと思っています。

心身の不調を根本的に改善することが、わたしにとっては、母との関係を再構築することにつながりました。
そして同時に、バラバラになっていた自分自身を取り戻す過程でもあったのです。

自分の「本当の気持ち」が分からない

体調や気分に波があるということに加えて、わたしは今ひとつ自分の気持ちに確信が持てないところがありました。

具体的には、
「これが好き!」と自信を持って言えない。
「どうしたいのか?」自分の本当の気持ちがよく分からない。
といった状態を経験してきました。

そのためか、時々急に感情が高まったり、モヤモヤしたり、衝動的にどこかに行きたくなったりしていました。

そして、どこか不安定で、何となくバランスが取れない。
いつもそんな感じがしていました。

しかし、それも全て含めて「わたしはそういう性格だから」と考えて、自分では特別おかしいとも思っていませんでした。

ところが、「できるだけ自分として、自分らしく生きよう」と、自分自身を取り戻していくにつれて、心身の不調は嘘のように治まり、あれほど大きかった気分や体調の波も静まった今となっては、当時どれほど自分が病的な状態だったのか、ハッキリと自覚できます。

「仲良し母娘」に見えるけれど…

実は、わたし達母娘は、周りの人から「仲が良くて羨ましいね」とよく言われていました。

わたし自身も、子供の頃からずっと「母とは仲が良い。母はわたしのことをちゃんと分かってくれている」と思ってきました。
というより、今思うと、無理矢理そう信じ込んでいた、という方が正しい言い方になります。

というのは、家族のなかでは、母しか頼れる人がいなかったのです。

「母だけは味方」

わたしは、両親、弟、そして父方の祖母の5人家族でした。
母は祖母と不仲で、ずっと何かにつけて対立していました。
そして父は自分の母(祖母)の肩を持つことがほとんどでした。

父はとにかく気分屋。
ちょっとしたことがきっかけで機嫌を損ねると、手を出される場合も。
とてもとても、一緒にいて安心できる存在ではありません。

祖母はわたしをそれなりに可愛がってはくれましたが、どちらかというと、長男である弟の方をいつも優先していました。

家族全体では、わたしが小さい頃から、祖母と父、母とわたしがタッグを組んでいる。
そんな状況でした。

そのためか、わたしは、ずっと「母だけは自分のを味方だ」と思い込んできたのです。
(後になって、冷静に振り返ってみると、現実は決してそうでもなかったのですが。)

常に母のことが気になって…

わたしは自分の行動によって、母がどういう反応をするのか?
小さい頃から常に母の気持ちを気にするようになりました。

そして半ば無意識のまま、自分の言動を母の気持ちに沿うようにコントロールするようになってしまったのでした。

ある時、当時付き合っていた男性から、こんなことを言われたことがあります。

当時の彼
当時の彼
なんでお母さんのことがそんなに気になるんだろうね?

そう言われてみると、彼と会っている時にも、なぜか母のことが気になっていることがよくありました。

「当たり前」だと思っていたこと

わたし自身は、長らく、何かにつけて母のことが気になるのは、自分にとって当たり前のことだったので、特に「おかしい」とは思っていませんでした。
しかし、他人である彼の目からすると、異常なまでに母を気にするように映ったに違いありません。

そして実際のところ、彼は決して母が望むタイプの人ではありませんでした。
彼と会っていると、なぜか、悪いことをしているような、後ろめたいような気持ちが湧いてくるのでした。

けれども、当時のわたしは、自分がそんな気持ちになってしまうことの背景に、まさか母との問題があるなんて、はっきりと気付くことがまだ出来てはいませんでした。

「母とは仲良し」という思い込み

30代に入ったわたしは、カウンセリングやヨガを続けて、心身の調子を整えるため、自分の内面にひたすら向き合う日々を送っていました。
20代半ばのように、起き上がることも出来ないほど調子が悪くなることはなかったのですが、まだまだ体調の波が激しい時期があったのです。

ついに、母との問題が、父との関係以上に深刻だったのでは?
とはっきり意識できるようになったのは、カウンセラーとして勉強を始めてからのことです。

それにはっきりと気づいた時は、ちょっとした衝撃でした。

「母のことを信じられない」という不信感が、ずっと心の底にあったのだ、ということに気付いたのです。
特に、母が言った言葉に対して、「どうせ嘘よね…」みたいな気持ちが湧いてくることに。

母に対する不信感

わたしはそれまで、ずっと、「母だけは味方」だと信じてきたはずだったのですが。
ところが実際、母は度々わたしを裏切ったことがあったのです。

小学生の頃、母が許してくれたから、友達と遊びに行ったのですが、そのことで父に叱られたことがありました。
父の怒鳴り声は、当然母の耳に入っていたはずです。
隣の部屋にいて、ドアも開いていたのですから。

なのに、母はわたしを庇ってはくれませんでした。
聞こえないふりをして、キッチンでお皿を洗い続けていました。

こんなふうに、母がわたしを庇ってくれなかったのは、一度や二度のことではありませんでした。
「母が庇ってくれるもの」とわたしが勝手に期待していただけなのかもしれませんが。

それでも、わたしは「母に裏切られた」と思いたくなかったのです。
母との関係を見直すことになるまで、実際にそういう事実があったことを、素直に認めるというか、直視することが出来ませんでした。

心のどこかでは、薄々気付いていたんです。
だから、モヤモヤして仕方がなかったのですね。

身体と心の不調の原因を探るなかでの「気づき」

それでもついに、わたしは母との関係に問題があったことを認めざるを得なくなりました。
(今ではもう、揺るぎない事実だと確信していますが。)

というのも、わたしの心身の不調の原因のうちのひとつに、まさに母との問題があったことが見えてきたためです。

「結局、母は決して味方ではなかった」
その事実を認めたくなくて、本当の自分の気持ちを封じ込めていたことが、不調の原因のひとつだったことが明らかになってきたからです。

わたしが目を背けていたもの

そんなこんなで、わたしは母との関係を見直す作業をせざるを得なくなりました。

それからしばらく経ったある日のこと。
突然、自分のなかに、母に対して、強い怒りがあることに気づいたんです。

何度もわたしを裏切ったこと。
母にとって都合の良いように、わたしを利用していたこと。
直接言葉で表現することなく、それとなく態度で示して、わたしを支配していたこと。

母がわたしを裏切ったり。
わたしが母の思い通りになるようにと仕向けたり。
今まで母との間にあったいろいろな場面での記憶が一気に吹き出してきて、気持ちを抑えられずに、コップを床に叩き付けて壊してしまったこともありました。

母と食事をしたり、母と顔を合わせることさえ、苦痛に感じた日々も。

母に対して強い怒りを感じていたのに、それを感じないように、心のなかに封じ込めていたことが不調の原因のひとつだったのではないか。

感情を無理に閉じ込めようとすると、心のなかは、大変な緊張状態に陥るものです。
それがやはり、わたしにとって大きなストレスとなっていたことに間違いありません。

わたし自身への怒り

けれども、それだけではありません。

わたしの強い怒りというのは、母だけではなく、実は自分自身へ向けられた怒りもあったんです。

わたし自身の不甲斐なさ。
成人してからもずっと小さな子供のような、「母=わたし」の状態でいるしかありませんでした。

わたし自身の弱さ。
母の気持ちに反すると、漠然と、怖いような、痛いことや危険なことが起きそうな予感がしたり、何か悪いことをしているような、罰が与えられそうな、そんな気持ちになることを恐れていたのです。

わたし自身の無力さ。
母の「良い子」として、いつまでも母に合わせていることしかできなくて、母に「NO」と言う勇気がなかったんです。

母は、家族のなかでの主導権争いのためにわたしを利用していたわけですが、それを許してしまったのは、やっぱり自分自身なんです。

だから、一時期はそんな自分が本当に情けなくて、惨めで。
自分を許せなくて。

心の奥底に、他ならぬ自分に対して、そんな気持ちがあることを、わたしは自分で認めたくなかったのです。

長い夢を見ていたよう…

そして、どこか胸がざわざわするような、虚しさもありました。
母のためにこんなにもエネルギーを割いてしまっていたなんて。

今まで自分がしてきた努力というのは、結局、母の気に入るようになるため。
ただそれだけだったんだ…

一時期はそんなふうに感じられて仕方がなかったです。

今改めて、当時の自分を振り返ってみると、まるで長い夢を見ていたように感じます。

母との関係に問題があったことに気付くまで、なぜ、そんなに時間がかかってしまったのかというと。

やっぱり、わたし自身が、母との問題を決して認めたくなかったからでもあったのです。

冒頭でもお伝えしたように、わたしはずっと、「母だけはわたしの味方だ」と信じ込んできました。
そして、母の方も、普段そういう素振りをしていました。

現実の母はどうだったのか?

わたしのありのままの気持ち、やりたいこと、好きなこと。
もし、それが母の気に入らなければ、母が嫌がれば、母が傷つけば、母に見捨てられるかもしれません。

そうなったら、頼れる人が誰一人いないなんて。

わたしはただ、母にはわたしの味方でいて欲しかったんです。
母に良いところを見せたかったし、母に気に入って欲しかっただけなんです。

そのため、「こうすれば母に認めてもらえる」
いつも「母の気持ち」を気にしていました。

しかし、母に対する怒りや、自分に対する怒りが和らいだ今でも、
その時々の現実の母が本当はどういう気持だったのだろう?
と、時折考えることがあります。

それは母にしか分かりません。

わたしが勝手に「母の気持ちは〇〇だ」と決め付けて、自分自身を縛っていただけなのかもしれません。

わたしが、自分の頭のなかで、妄想のように「母は味方でなくてはいけない」というイメージを描いていて、そのイメージに沿うように、行動していたに過ぎないのかもしれません。

母にしても、人間ですから、「いつ、いかなる時でも100%」というわけにはいかないものですからね。

「母=わたし」だった!

そして、母のことが信じられない気持ちの一方で、常に「母と同じでいなくてはいけない」ような気持ちがあったことも分かってきました。

わたしは母と同じ立場で、同じ視点で物を見ていたことに気づきました。
母とタッグを組んで父に対抗していたという以上に、いつの間にか、母と同一化していた自分がいたのです。

わたしのなかの、ある一部分が、母親の一部分のようになっていることが少しずつ分かってきました。
他ならぬ、わたし自身の一部なのに、まるで母であるかのように、反応してしまうんです。

例えば、母が祖母を責めると、わたしも祖母を責めてしまっていました。
客観的に状況を見ることができていれば、決して祖母だけが悪いわけではないことが容易に理解できたはずなのに。
けれども、どういうわけか、衝動的に母と同じ反応をしてしまうのです。

こんなふうに、わたし自身のなかに、まるで母と一体化したような、「母=わたし」のような自分がいたことが分かったのです。

わたしのなかの矛盾

母と一体化してしまった自分がいる。
そのことも、わたしにとっては、大変な気付きとなりました。

そして、まさにその一体化というのが、またひとつの大きな問題を生み出しているということも分かってきました。

母と一体化した部分のわたしは、当然、母のことを無条件で信用しています。
ところが、その一方で、母と一体化していない純粋なわたしは、「母のことが信じられない」んです。

信じられない人と、一体でいなくてはいけない。

冷静に考えると、これは大変な矛盾です。

一般的な水準で考えても、こうした状況は人間にとって、強いストレスとなります。
不調を引き起こすのも当然です。

自分の根幹に関わること

かつてのわたしは、「母=わたし」という、母と一体化した自分に翻弄されていたのです。

実際に、母がわたしを、母の一部であるかのように取り込んでいたこともありますが、わたし自身も、「母とは仲良し」と妄信的に信じ込んでいたことも事実です。

この2つが互い作用して、わたし達の母娘関係が出来上がってきたのでしょう。

母娘関係は、現実、そしてお互いのイメージや理想、その時の状況など本当に複雑に絡んでいます。
また何より、人間にとって最も大切な関係ですから、その母との関係に問題があるとなると、当然、足場が崩れてくるような、自分自身の根幹を揺るがすように感じるはずです。

だから、本当に難しいもの。

もちろん、今悩んでいらっしゃる問題の原因が全て母娘関係にある、ということでは決してありません。

ただ、わたしの場合、自分達の状況を理解し、わたし自身の内面の感情を整理していくにつれて、気分や体調の波は治まり、本当に健康になったことは事実です。

そして今のわたしは、現実に今自分のなかに何が起こっているのか、どういう気持が湧いてきているのか、自分のなかを、以前よりも冷静に見つめることができるようになりました。

だからこそ、夢から覚めたように感じられるのでしょう。

次のブログでは、わたしが母との関係を再構築したプロセスについて、お伝えしていきたいと思います。

ABOUT ME
Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
あなただけに合ったヨガを学んでみませんか?

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本来のヨガには、身体と心の不調を癒していく効果があります。
欧米では、そんなヨガが医学的治療の一部として、疾患の予防、ストレスケア、メンタルヘルスの向上、リハビリなどにも役立てられています。

一般的に知られていないことですが、ポーズが出来ても、出来なくても、ヨガの効果とは全く関係ありません。

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