身体から心へ

ヨガで母娘関係の問題を解決できる⁈

 

はあ?ヨガとどういう関係があるの?意味分かんない?

タイトルをお読みになった方のなかには、こんなふうに思っていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

しかし、わたしの経験から申し上げますと。
わたしが実際に、わたしの母との関係を再構築するうえで、ヨガの経験がとても助けになったのということは事実なんです。

わたしの母は、わたしにとってずっと「重い」存在でした。
単純に「うざったい」とかのレベルではなく、母を中心にわたしの世界が回っていたような時期もありました。
「母がいなくなったら、わたしはどうなるんだろう?」みたいな。

わたしが、いろいろと心身の不調を経験し、自分なりの不調の整え方、ひいては自分らしい生き方を模索するなかで、結果として、少しずつ母との関係を見直すことになったのです。

今でも、より自然な気持ちで付き合えるように、日々研究中ではありますが、以前に比べ、母はずっと「軽い」存在になりつつあります。

また、母の変化に驚くこともしばしば。
「本当はこんなことを考えていた人だったのね…」と(母には直接言いませんが)、わたしのなかで感慨深く思うこともよくあります。

母娘関係は永遠のテーマ?

わたしに限らず、母親との関係に悩んでいる方は本当に多いものです。
カウンセリングを受けるほどではなくとも「お母さんとのことになると、何となくモヤモヤした感じ」がするという方もいらっしゃいます。

母娘関係というのは、心理カウンセリングにおいても、永遠のテーマと言って過言ではないくらい、重要なものです。

いろいろ経験した結果、母娘関係が難しい理由は次のようなことではないかと、今のところわたしは考えています。

「母=自分」のように、母の感情、気分、望んでいることなどが、まるで自分の感情、気分、望んでいることのように感じられる。
つまり、半分無意識のうちに母親と一体化した状態になってしまっているため。

母親とはいえ、本来は別個の人間です。
感情、気分、望んでいることなどなど、違っているのが当たり前なんです。

それなのに、母親との境界線が曖昧になってしまっていて、いつしか、母と一緒にいると、どこまでが自分で、どこからが母なのか、よく分からない状態になってしまう。
母のことをまるで自分のことのように感じる。

けれども、完全に「お母さんと一心同体」というわけにはいきませんね。
別々の肉体を持つ、別々の存在ですから。

自分だけの身体の感覚、自分だけの意思、自分だけの生き方…etc。
どんなにお母さんのことを優先したくても、やっぱり「自分」、「自我」というものがあります。
それは当然のことです。

なので、わたし達の心全体を見たときに、お母さん同じように感じる心の部分もあれば、純粋な自分として感じる心の部分があることになります。

その、心のなかの2つの部分が、いつも同じ方向を向いていれば、まだ楽なのですが、やはり、いつもいつも同じというわけにはいきません。

例えば、お母さんの部分はYESなのに、自分自身の部分はNOと言う、というような状態になると、心の内部では、大変な葛藤が生まれることになります。

ひとつの心のなのに、相反する方向に行こうとするのですから、どちらを優先すべきか、分からないような、とても不安定な、バランスが悪い、緊張した感覚でいることになります。

そうすると、漠然とした不安や恐怖、違和感、「これでいいのか?」という疑問、モヤモヤした気持ちが生まれてくるのは、心の働きとして自然なことです。

後述しますが、わたし自身も、長い間知らぬ間にそんな状態に陥ってしまっていたのでした。
でも長い期間、漠然とネガティブな状態でいることが、自分では当たり前だったので、特におかしいとも思わずに過ごしていました。
不眠、漠然とした恐怖、ひどい首や肩の凝り、疲れやすさ、などなど心身の不調という形で表面化するまでは。

母親との一体化を解消するということ

「母=自分」に問題があるのですから、単純に考えれば、「母≠自分」の状態になればいいはずです。

母親との一体化を解消し、母との境界線を築くこと。
自分の心のなかで母と一体化してしまった部分を、改めて自分のものとして取り戻していくこと。

これが必要です。
ただ、言葉で表現すると簡単なように思えますが、実際には、相当難しいのです。

「母≠私」と頭では分かっていても、なかなか心の底から「私は私」と実感として感じられないという方が多いのです。

そして、残念ながら、「頭で理解しているレベル」では、本当に変化したとはまでは言えないので、心のどこかから湧いてくるような、モヤモヤした感じに悩まされ続けることになってしまいます。

母娘関係のカウンセリングってやっぱり難しい?

一般的にカウンセリングでは、言葉で表現することによって、繰り返し繰り返し、最初は頭のレベルに留まっていった認識を、徐々に徐々に深めていきます。
そして最終的には心の深い部分で「母≠私」であることを洞察することを目指します。

しかし、なかなかカウンセリングが進まずに、途中で中断せざるを得なくなることもしばしば。
というのは、母子関係というものは、言葉で扱えるレベルだけに留まらないからです。

わたし達は成人で、必ずしも「お母さんがいなくては生きていけない」という状況ではありません。
母と自分は別個の人間ですから、違って当たり前。
それぞれ別の生き方、別の人生がある。

そのことは、重々承知のうえ、ですよね。

相手が母となると…

ところが、どういうわけか、相手がお母さんとなると、ちょっとした考え方の違いがあって、お母さんの表情が曇ってくると、何となく悪いことをしているような気持ちが出てきたり。

お母さんに対して、言いたいことがあっても、お母さんが傷つくのではないか、心配になって、言葉を飲み込んでしまったり。

お母さんがして欲しいことなど、お母さんの要求を先走って満たしてあげようとしたり。

頭では「そこまでしなくても」とは思うのに、つい、心や身体が勝手に反応してしまう。

母の一部のような自分

一卵性母娘という言葉もありましたね。
実際、同じであることをはっきりと母から強制されることはないのだけれども、やっぱり、母の言葉の端々に、同調を求めるような雰囲気を感じてしまう。

そうなると、ただ自然に自分のなかに生まれてくる感情を認識しているだけなのに、自分の感情が母と同じ感情ではないと、母の気持ちに反するのではないか、と不安になったりするかもしれません。

当然、母と違う考え方を持つことに自信がなかったり。
すべからく母と同じでないといけないような気がする。

ここまでくると、身体や心のレベルでは、母と自分との区別がつかないような、いつも境界線が曖昧な感じがしているのではないでしょうか。

そうなると、つい、自分の気持ちや感情、考えより、母親の意向を優先させることになってしまいます。
そうしているうちに、母親との境界線がますます曖昧になって、純粋な「自分」というものが分からなくなってしまうかもしれません。

こんなふうに、身体や心のレベルにおいても、「母=私」を強制され、「純粋な自分」がいないように感じてしまうことが、母娘関係の根本的な難しさだと言えます。

わたし自身も、「本当に自分が感じていること・考えていることは何なのか?」
それがよく分からなくて、自分のなかで「自分だ」という感覚が持てないままモヤモヤした時期がありました。

ですので、単なる頭の理解ではなくて、「母≠私」だということを、身体や心のレベルまで落とし込んでいくことが必要になってくるかと思います。

なぜならば、母娘関係とは、職場での人間関係のような、社会的・表面的な人間関係ではないからです。
切っても切れない縁ですから、頭だけでは決して割り切れない領域があります。

ちょっと脱線するようですが、母娘関係そのものについて、もう少し詳しいことをお伝えしておきます。

母娘関係の特殊性

母子関係は、独特な関係です。

母親と自分とは、もともと胎児の時には一体だったんです。
そうしなければ、この世に生を受けることはできませんから。

出産を経て、お母さんと別々の肉体を持つことになっても、赤ちゃんの頃は、誰かに世話をしてもらわないと、生きていくことができません。
ですので、生き延びるためには、一番身近な人(たいていの場合はお母さん)といつもいつも一緒にいなくてはなりません。

もし、お母さんがいなくなってしまったら、それは「死」を意味することでもあったのです。

なので、わたし達はみんな、お母さんに全てを依存していた時代を経てきました。
ということは、お母さんが意図していなかったとしても、母娘関係には、支配・被支配の構図が当然に含まれているのです。

 

さらに、生き延びるためには、わたし達は、外界から来るさまざまな危険を察知し、行動することを学ばなくてはなりません。
実際にお母さんが感じたことを、自分でも肌で感じるようにして学んでいくわけです。

例えば、お母さんが緊張すると、一緒にいる赤ちゃんも緊張することが、さまざまな研究で実証されています。
こんなふうに、身体の感覚でさえ、共有してきた関係なんです。

わたし達が成長するにつれて、徐々にお母さんに依存している状態も変化していきます。
そしてやがてお母さんから身体的・心理的・経済的にも独立していくわけですが…

しかし、ここまで一体化していた状態があり、それに加えて、もともと支配・被支配の関係が存在していたこともあって、お互いに独立した人間同士の関係を築くには、いわゆる「普通の」母娘関係だったとしても、相当難しいということはご納得いただけるのではないかと思います。

「母が重い」と感じるのはなぜ?

以上のように、母娘関係というのは、まだ言葉を持たない生まれたばかりの頃に、もうすでに関係が始まっていて、身体の反応のような、感覚的なものまで共有されてきました。

そのため、はっきりとした記憶としては認識できないもの。
肌と肌が触れ合った身体の記憶として残っているもの。
ただ曖昧なイメージとしてしか感じられないもの。

お母さんとの記憶のなかには、そうした言葉に出来ないものが多々あるのです。

自分が本当にやりたいこと、好きなことが分からない

つい先日も、母娘関係に悩む方とのセッションのなかで、こうしたお話を伺いました。

繰り返しになりますが、赤ちゃんの時の感覚のように、この方もお母さんと一体であるかのように感じてしまうことが多々あるのではないかと考えられます。
わたし達は成人になって、お互いに独立した人間であるのにも関わらず。

「お母さん」がどこまでも追いかけてくる…

「純粋な自分」としてではなく、いつも「お母さんの視点」から物事を見ているような。
「純粋な自分」が感じているのではなく、いつも「お母さんの感覚」に影響されているような。
「純粋な自分」が基準ではなく、いつも「お母さんの基準」によって判断してしまうような。

そんなふうに、自分の心のなかなのに、まるでお母さんであるかのように、働いてしまう心の部分がある。
あたかも母親の自我に取り込まれ、母と一体化してしまった領域が、自分の心のなかに存在している。
どこまでも「お母さん」が侵入してくるような…

赤ちゃんの頃は、お母さんと身体の感覚まで共有しないと、生きてはいけなかったから仕方がありません。
けれども、もはやわたし達は赤ちゃんではありません。

赤ちゃんの時のように、すべてをお母さんと共有する必要はないはずです。
お母さんと全てを共有しようしてきたのであれば、自分のものがない感じがするはずなのも当然のことと言えるかもしれません。

もう成人したわたし達にとっては、心は自分のものですから、母とは関係なく、自由に動き回れるはずです。
でも、母と一体化した部分は、母と一緒に動くのですから、自分の自由には動いてはくれません。

自分の自由にならなくて、それで「母が重い」って感じるんですね…

それに、お母さんから離れたいのに、お母さんの気持ちを尊重しなければいけない。
お母さんを傷つけたくない。
そんな気持ちが芽生えて、自分のありのままの感情を抑えることしかできない。

どんなにお母さんが嫌いでも、やっぱりどこかで良い関係を築きたいと願っているはず。
だからこそ、母との関係に悩むわけですよね。

本当は自由にしてもいい自分の感情すら、自分で自由に扱えなかった。
「母が重い」と感じる裏には、どうしても束縛されてしまう辛さもあるのでしょう。

母と一体化した心を取り戻すには?

「母が重い」ことを深いレベルで改善しようとしたら、やはり「母≠私」であることを、自分の内面に落とし込んでいくことが必要になります。

日々の生活のなかで、さまざまな場面で「母≠私」であるという実感を、コツコツ積み重ねていくことが、一番確実な方法だと思います。
一見遠回りなように感じられますが。

そのためには、もちろん、カウンセリングはとても有効な手段です。
わたしも実際にカウンセリングを受けて、母のことをカウンセラーといろいろ話し合いました。
そして、カウンセリングで話したことをいろいろ考えながら、普段の生活のなかで母と向き合い続けました。
それは、後にも先にもない、とても貴重な時間でした。

一方で、実際にやってみて、言葉によるカウンセリングだけで、この作業をするとなると、想像以上に大変だということが分かりました。

わたしのコミュニケーション能力が低いこともあったのでしょうが、なかなか微妙な感覚を的確に表現できる言葉が見つからなくて、うまく話せないことも多々ありました。

多分、小さい頃のおぼろげな記憶だと思うんですが、イメージがいろいろ湧いてくるのに、何と言っていいか分からなくて、いざ話そうとしても、全く言葉が出てこなくて、カウンセリングが先に進まなくなってしまったことも。

そんななか、当時すでにわたしはヨガの練習を始めていました。

「母≠私」であることを身体に染み込ませる

ヨガとカウンセリングというのは、一見関係ないように思えます。
が、まさにヨガの学びが、母との間に境界線を引くという作業に、非常に役に立つことを実感することになったのです。

ヨガの練習において、最も大切なのは、自分自身の内面に向き合うということです。
ヨガでの「内面に向き合う」意識というのは、単なる理屈ではありません。

「自分の身体が今、何を感じているのか?」
と、常に自分の内面に意識を向けて、そこから出てくるものを見つめていく。
そういう実際の体感を伴う実経験なんです。

ヨガを練習している時に、まさに、今生まれてくる身体の感覚というのは、紛れもなく、純粋に自分のもの、なんです。

母のものではないし、身体に感じられる感覚そのものは、母と共有できるものではありません。
他ならぬ自分の身体から生まれてきて、自分の内側だけでしか、存在しないものなんです。

純粋な自分の感覚というものが、確かに、自分のなかにあること。
わたしはヨガの練習を繰り返すうちに、そのことが腑に落ちるように分かってきたのです。

母の身体は母のもの。私の身体は私のもの。

お母さんと一体化した状態では、まるで、お母さんの意思によって、自分の身体が動いてしまうように感じられるかもしれません。
また逆に、こちらの意思で、お母さんの身体を動かせるかのように感じることもあるかもしれません。

Chisako
Chisako
それこそ錯覚です!

母の身体は母のもの。
そしてわたし達がの身体は、わたし達自身のもの。

本当は、わたし達の身体を動かせるのは、わたし達自身の意思だけなんです。
決してお母さんの意思ではありません。

今まで、母に言いなりになってきた期間が長いと、つい、母の意図するように自動的に身体が動いてしまうように感じられるかもしれません。
けれども、それは、半ば無意識で動いてしまう身体の癖のようなものなんです。

ヨガの練習のなかでは、無意識で身体を動かしてしまう癖というものが明確になります。
そういう無意識の動きをあえて止めて、「動かそう」と自分の意思で、正しい姿勢になるように、集中してポーズを取っていくことを繰り返しやっていきました。

すると、自分の身体を動かせるのは、自分だけだということ。
どんなに頑張っても、母の身体を動かすことはできないのだということ。

言葉で書き表すと、笑ってしまうくらい、当たり前のことですが。
わたしにとっては、この「自分だけの身体だ」という実感を得たことが、「純粋な自分の意思というもの」があるということを確かめる大きな手掛かりとなりました。

そのことが、母との境界線を身体のレベルで認識することに繋がりました。

そして、心身一如、身体と心は一体ですから。
「母≠わたし」を、身体の感覚を通して確認したことが、心の側でも、「母≠わたし」を認識することに結びついていったのです。

純粋な自分の感情、自分だけの感覚

決して「母=私」ではない、純粋な自分の感覚というものがあります。

そのことに気付くと、自分のなかでさまざまな感情や感覚が湧いても、
「純粋な自分の感覚なのか」
「母と一体化した部分の感覚なのか」
見極められるようになってきます。

すると一層、「自分だけの感覚」「純粋な自分という意識」が持てるようになります。
母の一部となってしまった自分の部分を、もう一度自分として取り戻していくプロセスが進んでいくのです。

「母≠私」を確立して、母娘関係を改善するためには、必ずしも、カウンセリングやヨガをやらなくてはいけないというものではなく、他にも、いろいろな方法があるかと思います。

「純粋な自分」という感覚を取り戻すことが、お母さんとの境界を確立して、お互いに自立した人間同士としての新しい関係を作っていくことになるのです。

ただ、カウンセリングやヨガをお勧めするのは、やはり比較的安全に行うことができるからです。

カウンセリングでは、自分の感情を客観的に見つめ直すことで、現実場面で感情を爆発させてしまったり、といったリスクを減らすことができます。
また、ヨガのように、身体の感覚というのは、自分だけの感覚なので、外的な状況に関わりなく、自分のペースで、無理なく安全に続けることができます。

ここまでお読みいただいたところで、タイトルにあるように「ヨガで母娘関係が改善できる!」ということがご理解いただけたのであれば幸いです。

しかし、母娘関係というのは、本当に奥深いもの。
とても、こんなブログひとつで語り尽くせるものではありません。

もっともっとお伝えしたいことがあるのですが、字数の関係上、次の記事にまとめることにします。

次の記事では、わたし自身のことを実例にしながら、わたしがどんなふうに自分を取り戻すプロセスを辿ってったか、お伝えしていきたいと思っています。

ABOUT ME
Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
あなただけに合ったヨガを学んでみませんか?

あなたはご存知でしょうか?

本来のヨガには、身体と心の不調を癒していく効果があります。
欧米では、そんなヨガが医学的治療の一部として、疾患の予防、ストレスケア、メンタルヘルスの向上、リハビリなどにも役立てられています。

一般的に知られていないことですが、ポーズが出来ても、出来なくても、ヨガの効果とは全く関係ありません。

なぜなら、ご自の内面に集中して、意識してからだを動かすこと自体に、あなたを癒し、変えていく力があるのです。
身体を整えることで、脳や心がリラックスし、結果として心身のバランスを取戻していくことができます。

「ヨガをやってみたいと思っていたけど、まさか自分がヨガなんて?」と、
一般的なヨガ教室を敬遠されていたあなたにこそ、一度お勧めしたいのです。

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