身体の声を聴く

「感じること」で自分を取り戻す(上) 〜身体の感覚とは〜

Chisako
Chisako
からだの感覚を大切にしましょう!

いつも、うるさいくらいにお伝えしていることなのですが。
コロナだけではなく、世界の行く末というか、何もかもが不安定に思える状況で生活している今、自分の「からだの感覚」というものが大切なんだ、改めて感じる日々を送っています。
わたしの経験、そして、お客様の状況からも、それは明らかです。

というのも、コロナのワクチン接種ひとつとっても、メリットがあるというデータもあれば、そのデータ自体不確かで、安全性に問題があるという意見もあります。
真偽不明の多様な情報が錯綜しているなかで、自分なりに、つまり、自分の責任で、「打つ・打たない」を決めなくてはなりません。

 

 

こんな時には、いろいろと情報を集めて、メリット・デメリットをちゃんと考えて…

という態度が妥当かと思われますが、実際のところ、あまりにも多様な意見があり過ぎて、迷ってしまって、結局、「みんなが打つから」と何となく流れに従ってしまうことが多いかと思います。

そうではなくて、「本当に自分の生活、自分の健康、自分の人生にとって必要か、そうでないか?」
そこを基準にして判断していくことが、わたしはやっぱり大切だと思うんです。

ただ、「自分にとって必要かどうか?」というのは、なかなか頭だけで考えていても、答えが出るものではありません。
頭はすぐに新しい情報に飛びついたり、他の人や周囲など外部の状況に合わせて右往左往するものだからです。

そのためには、頭で考えるだけではない、「身体の感覚」としか言いようのない、もっと自分の深いところから起きてくる感覚を確かめていく必要があります。

本音の部分というか、潜在意識のレベルにあるものというか。

そういうと、妙にスピリチュアルな世界の話に聞こえるかもしれませんが、決してそういうことではありません。
普段の日常のなかで、こういう「身体の感覚」に当たり前に向き合って、その感覚を活かしながら生活していくことが可能です。
むしろ、その方が、いわゆるスピリチュアルな生き方をするよりも、頭だけの生き方をするよりも、より健やかな、自然な生き方だとわたしは考えています。

「考えること」と「感じること」

前置きが長くなりましたが。

とはいえ、現在の情報過多の世界では、頭を使って物事を処理することが優先されていて、「ただ感じられること」身体の感覚というものはが、どんどんおろそかにされてしまっています。

けれども、わたしが自分自身の不調から回復した経験からも言えることですが、自分のからだで「心地いい」「しっくりくる」「なんか良い」という感覚こそが、「正解」だと言うことです。
そして、そういう身体の感覚が、何より自分自身を支える核、自分らしさの源、物事を判断する基準になるものでもあります。

不確実な要素が多いなかで、よく分からないながらも、自分なりにベストな答えを出すためには、「考える」ことより、「感じること」。
自分自身の身体の感覚を信じることが大切だと確信するようになりました。

身体の感覚を取り戻すこと

身体の感覚と向き合うというのは、言葉で表現するとかえって難しく感じられるかもしれませんが、ごく、ありふれた、当たり前のことです。
決して特別なことではなく、本来は、誰もが自然に感じていることそのものなんです。

ところが、「何となく自分の感覚が分からない」という方が増えているように思います。
例えば、「暑さ・寒さ」といった、ごく当たり前の感覚でさえ、エアコンで一定の温度が保たれている環境にいて、日々あまり気にせずに過ごしていると、やっぱり温度に対する感覚が鈍くなってきてしまいます。

なので、改めて自分の「身体の感覚」を見直すこと。
その感覚をちゃんとキャッチすること。
自分の感覚を信じること。

やはり、それが自分らしく、健やかに生きるための秘訣になります。

そこで、ここからは

  1. 「身体の感覚」はどういうものなのか
  2. 「身体の感覚」とマインド、心や頭の働きとの関係
  3. 「身体の感覚」を取り戻すにはどうすればいいのか

かなり膨大なテーマですので、数回にわたってお伝えしていくことになると思います。

そもそも「身体の感覚」って?

「身体の感覚」というのは、決して特別なものではありません。

ごくごく当たり前の、自分自身の「からだの体感」のことです。
転倒した時に「痛い」と感じる感覚や、熱湯に触れた時に「熱い」と感じる感覚そのもののことです。

それがなんでそんなに重要なの?

 

Chisako
Chisako
「今・ここ」にしか存在しないもの。純粋な自分だけの感覚だからです!

ここでは、分かりやすいように「痛み」を例にします。
頭痛や歯痛の「痛い」という感覚そのものは、ただただ、「痛い」と感じられるだけですよね。

そういう身体の感覚そのものは、言葉で説明しようのない、ただ、あるがままの事実なんです。
思考という頭の働きや、外部からの情報が入り込む余地のない、純粋なもの。
それは赤ちゃんの時、言葉がないときに感じた感覚と同じものでもあります。

それに、あなたが頭が痛いという時、誰かが代わって痛みを引き受けてくれますか?
逆に、あなたの家族が頭が痛いという時、あなたはその人の痛みを代わりに体験してあげるあげることはできますか?

出来ませんよね。

こういう痛みというのは、本当に純粋な、自分だけの感覚なんです。

確かに感じられる「何か」

分かりやすいように「痛み」を例に取りましたが、日常のいろいろな場面で、うまく言葉では説明出来ないけれど、身体のなかで「何か」を感じるということがあるのではないでしょうか。

何となくお腹が温まるような感じ。
胸が苦しくなる感じ。
喉元が詰まるような感じ。

などなど。

自分だけが感じることで、他の人とシェア出来ないけれど、確かに「ここにある」。

自分とは、その瞬間瞬間に感じられる身体の感覚、心のありよう、そうしたものすべてだと、わたしは考えています。
なので、こういう感覚を、ただ、そのまま感じていくことが、「ありのまま」の今の自分と向き合うことに結びつくはずです。

痛みが教えてくれる「ありのまま」の感覚

ここで「ありのまま」というのは、嘘が無い、ということです。

身体の感覚というのは、時として痛みというネガティブな形をとることもありますが、わたし達に大切なことを教えてくれるものです。

からだは嘘をつきません。
何よりも自分の内側にあるものに忠実です。
痛かったら「痛い!」、嫌だったら「嫌だ!」と、ちゃんとメッセージを送ってくれます。

特に、身体つまり自分にとって危険となるものに対しては、はっきりと拒否します。
「危ない!」と思うと、とっさに手で頭を覆ったりしますよね。

そして、病気など自分にとって深刻な状態になりそうな時には、必ずと言っていいほど、からだは、「どこか調子悪いな」「何かおかしい」という、不調、違和感、痛みとして信号を送っています。

そういう身体の感覚には、決して嘘はありません。
感じられるままが事実なんです。

身体の感覚は無視されやすい

ところが、わたし達人間には「心」、マインドがあります。
さらに、野生動物と違い、社会のなかで生活しています。

そのため、普通の生活では、からだが感じる感覚そのものよりも、「〇〇しなくてはいけない」「〇〇すべき」「〇〇に違いない」と、頭で考えることを優先して行動するのが当たり前になっていますよね。

こんなふうに頭が働くと、身体の感覚というのは、案外簡単に無視されてしまいます。

例えば、お腹が空いて、あ、サンドイッチ食べたいな、と思う。
けれども、糖質摂り過ぎかも?
ハムは添加物が多くて体に悪いかも?
「もっと低カロリーで高栄養のものを食べなくては!」
と、頭で考えて、結局あまり食べたくもないチキン入りサラダを食べるとか。

または、テレビで有名な○○先生が「健康のために運動しなさい」って言うと、
本当は眠いのに、
「ちゃんと運動すべきよ」
と睡眠時間を削ってジムに通う。

ましてや仕事の場面ともなると。
パソコンの画面を見ていて、目が疲れて肩が凝ってきた。
少し休憩したいし、休憩しても大丈夫なのに、
「ちゃんとやらなきゃいけない」と頭が考えると、無理に頑張って続けてしまったり。

こんなふうに、頭、つまり心の働きによって、わたし達は、身体の感覚を無視してしまうのです。

マインドは嘘つき

わたし達の心は、単純に身体の感覚を無視するだけではありません。
身体からの感覚を無理矢理感じないようにしたり。
本当に感じていることとは全く別のことを、あたかも感じていると思い込もうとします。

身体も心も疲れ果て、本当は辛くて仕方がないのに、
「わたしだけ我慢すれば大丈夫!」と、
自分に言い聞かせながら、人前では、何でもないように、振る舞ったり。

たくさんの課題を抱えていてギリギリのところにいるのに、誰かに何かを頼まれると、
「わたしが頑張れば何とかなる!」
と周囲を巻き込むこともなく、さらにギリギリまで頑張ってしまう。

本当は欲しいのに「要らない」と強がってみたり。
本当は嫌いな人に対して、とても仲良くしたり。

 

 

多分、こういうマインドの嘘というのは、他の人に、自分がダメな人間だと評価をされたくなくて、頑張ってしまうというのが背景にあったりします。
または、自分自身のなかでも、自分が弱っていること、疲れていることを認めたくない気持ちもあるのかと思います。

わたし達は、社会的な生物ですから、頭で考えることを優先させるのは、状況によっては当然必要なことです。

しかし、必要のない場面でまで、考えることを優先させて、あまりにも心の嘘が多くなり過ぎてしまうと、知らない間にご自分を追い詰めてしまったり、自分の本当の感覚を忘れてしまうことになります。

そして、頭の働きというのは、案外簡単に外側のものにコントロールされたり、影響されたりしやすい性質を持っています。

なので、あまりにも情報が多いと、かえって混乱して分からなくなったり、迷ってしまって先に進めなくなってしまうんです。

身体は自分の味方

頭で考えることは、他の人との関係や外部の状況によって影響されやすいのに対して、純粋な身体の感覚は、自分の内側にあるものから生じていて、本来の自分自身と強く結びついているものです。

なので、身体の感覚というものは、頭で考えること以上に、
自分自身にとって、本当に必要なもの、手放した方がいいもの。
もっと健やかに、楽に生きられる秘訣。
問題を解決する答え。
そういうものを示してくれます。

身体こそ、自分の味方なんです。

身体からのメッセージ

そして身体は「痛み」以外にも、いろいろな形でわたし達にメッセージを送っているものです。

胸の圧迫感。
喉が詰まったような感じ。
胸の奥が冷たくなる、など、身体の感覚にはいろいろなものがあるかと思います。

まだ言葉にならないような、感情以上思考未満のような、微かな無意識的な。
そんな感じのものもあるかもしれません。

大事な試験や面接などの時に、急に頭やお腹が痛くなった、という経験をされたことがあるかと思います。
これは、「試験や面接のプレッシャーに対してストレスを感じているよ」と、心の代わりにからだが反応して教えてくれていることがあります。

身体は言葉を使うことはできませんが、頭だけで考えること以上に、身体なりに、こんなにさまざまな声を発して、わたし達に大切なメッセージを送っています。

身体には、「からだの知恵」がある

というのは、わたし達の身体は、心や頭と同じように、「からだ」として、日々さまざまな出来事を経験し、一生懸命に生きているからです。

そして、頭でも学んだことを知識として蓄えているのと同じように、身体もいろいろな知識を蓄えています。
より健やかな、より良い方向へ進んでいこうとする身体の知恵というべきものがあるのです。

その知恵に基づいて、身体は日々わたし達に、より健やかになるための手がかりを教えてくれています。

Chisako
Chisako
からだの声を聴きましょう!

以前、わたしが体調不良に悩んでいた頃、ある鍼灸の先生に「良くなりたければ、からだからのシグナルをきちんとキャッチしなさい。」と言われたことがあります。

当時のわたしは不調を改善したくて、食べ物や健康法などを探していましたが、本当に必要なことは、わたし自身の身体が知っていたんです。

それなのに、頭で考えることを優先して、より確実なものがないか、外の世界を探し回っていました。

でも、自分のなかに、「自然治癒力」が確かにあるということに気づき、ヨガで自分の身体に向き合い、より繊細に身体を感じられるようにしたところ、身体の調子がどんどん良くなっていきました。

今では、自分の身体の感覚を何より信じることができるようになって、何かをする時も、あまり迷わなくなりました。
身体に聴けばいいのですから。

こんな不確かな状況であっても、身体の感覚を信じることには変わりありません。

なかなか身体の感覚を信じると言っても、最初は不安で仕方がないはずです。
身体が不調だと、その感覚を信じるなんて、とんでもないことだと思われるかもしれません。
(実際、わたし自身もそうでした。)

けれども、自分以外の誰かや何かの情報に従うより、ご自身のからだの感覚を大事にしてあげてください。
ご自分の身体こそ、ご自分にとって本当に必要なことを教えてくれるものです。
そして、いろいろな病気を予防し、より健康でいるための秘訣ともなります。

ただ、身体は味方といっても、身体のしつこい不調に今まさに悩んでいらっしゃるかもしれません。
そういう身体の不調への対応について、そして心と身体の関係については次の記事にまとめていきます。

ABOUT ME
Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
定員2名までの超少人数制クラスで、伝統的なヨガを学んでみませんか?

本来のヨガの目的のひとつは、「心をケアすること」。
そんな伝統に立ち戻って、メンタルケア・ストレスケアとしてのヨガをマイペースで学べるクラスを開催しています。

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