雑記帳

もう永遠に手に入らないもの ~母との関係~

親との関係でずっと問題を抱えていたという方と日々お会いしています。

わたし自身も、ずっと(今でも現在進行形ですが)両親とのことは悩みの種でした。
それを自分なりに解決するというか、自分のなかで整理して落とし込むために、カウンセリング等々を受けてきました。

ある時カウンセリングのなかで、カウンセラーに「あなたには飢餓感というか、そういうものが感じられる」と言われたことがあります。

その時は「飢餓感」という語感に何となく嫌な気持ちになり、あまり考えないようにしていたのですが、それから8年ほど経った今、また改めて見直してみると、確かに、飢餓感というか、何をしても満たされない思いが確かにあったな、ということに気付きました。

自分を変えようといろいろ頑張ってやって、それなりの成果もあったのに、どこか、何かが違う・・・
努力して手に入れたものなのに、わたしが本当に欲しかったものじゃない・・・とか。

そういう「満たされなさ」が、わたしのなかに、いつもあって、他ならぬ自分自身を苦しめていたんです。

最近、ネガティブ思考で悩んでいる方とお会いする機会も多く、そうした方たちにも共通して、わたしと同じような「満たされなさ」があることが見えてきました。

あれこれ考えた結果、
「自分の『満たされなさ』の根本に何があったのか?」
わたしなりに、差し当たって、その答えが見つかりました。

もしかしたら、「満たされなさ」で悩んでいるあなたの参考になるかもしれませんので、ここでご紹介したいと思います。

小学5年のげんこつ事件

はっきりした記憶として残っている出来事があります。

小学5年生の時です。
今から35年ほど昔のことになりますが(笑)

家庭科クラブの活動として、調理室で白玉だんごを作ったことがありました。
みんなで試食して後片付けすると、下校時間が普段よりかなり遅くなってしまいました。

同じクラブの子と3人で学校を出ようとした時、年配の用務員さんに呼び止められました。「こんな時間まで何してる?」と言うので、
クラブ活動だったことを伝えると、
彼は「口答えするな!」と、怒鳴って、
わたし達の頭をゲンコツで叩いたのです。

もう、ビックリ。
学校の正式なクラブ活動ですから、当然、顧問の先生の指導下です。

家に帰って、そのことを両親に報告しました。
2人とも話は聞いてはくれましたが、「ふ〜ん」で終わり。
まるで関心がないことがよく分かりました。

次の日、学校で、一緒にいた子に、家でなんて言われたか聞いてみると、
「お母さんは、わたしはちっとも悪くないよ、って言ってくれたよ」とのこと。

わたしはその子のことを、心底羨ましく思ったことを今なお鮮明に覚えています。

なぜ、そこまで羨ましく思ったのか?
改めて思い出してみて、当時の自分の気持ちが今になって明らかになりました。

本当は、わたしも親にそう言って欲しかったんです。
そう言ってもらえないにしても、もう少しちゃんと話を聞いて欲しかった。
ビックリして怖かったという、わたしの気持ちを、ただ分かって欲しかっただけなんです。

親に対する不信感に気付いて・・・

思えば、親との関係ではそんなことが多かったんです。
相談したところで、何も良いことはない。
ゆっくり聴いてもらえるわけでもないし、たいして関心がない。
時にはそれどころか、かえって怒られたり、責められたり、大騒ぎされる。

だから、自分で何とかしよう!

ずっとそう思っていたのです。

そして小さい頃から、何か困ったことがあると、おまじないをしたり、神様にお祈りをしていたことを思い出しました。

親に相談することよりも、親の力を信じるよりも、神様の力をわたしは信じていたわけです。

小学校高学年のこの頃、クラスの数人の男の子達に、嫌味を言われ続けていたことがありました。すると夜寝ていた時に、胃が急にキリキリ痛くなって目が覚めたり、微熱が続いて身体がだるくて仕方がなかったり、といった状態になってしまいました。

それでも、わたしは親には言わず、自分で編み出したおまじないの儀式をして、治してくれるように神様にお願いしていたのです。

自分のなかに感情を封印していた

わたしは、改めて自分の心身の不調や生きづらさと向き合う過程で、子供の頃のわたしが取っていた行動やその意味を、自分のなかで理解することができるようになりました。

そして、自分のなかで封印して、なるべく感じないようにしていた、蓄積された感情が溜まっていることにも気付きました。
(身体をケアしようと、ヨガや操体法などをやって、身体の感覚に意識を向けていた時に、それまで閉じ込めていた感情が甦ってきたのです。それについては、また別の記事でご紹介します。)

そして、特に母親との間に根深い問題があったことも分かってきました。

ずっと悩んでいた父との問題の背景に、母との問題が

わたしは小さい頃から父親との関係で、ずっと悩まされてきました。
父は気に入らないことがあるとすぐに怒鳴る。
手を出されたことも何度もありました。
父は自分の考えだけが正しいと思っている人でしたから、父とは違う考え方を全く理解してくれませんでした。

わたしのなかでは、そんな父との関係がいわばクローズアップされていたのです。
いつも、意識的に困っていたのは父とのことだったんです。

そして母との関係には問題がない、むしろ、とても良い関係だと思っていたのです。

ところが実は、母親との関係の中でも、深刻な問題があったんです。
長い間ずっと、心理カウンセラーになるための勉強を始めるまで、その事に気がつきませんでした。

多分、自分でも認めたくなかったんだと思います。
あまりにも自分が惨めに感じられますからね。

わたしは母親のことがずっと信じられなかったのです。

父の死後、改めて母と向き合って分かったこと

わたしの父は今から10年ほど前に亡くなりました。
解放されてホッとした、というのが正直な気持ちです。

父の死後、しばらくしてこんなことがありました。

母と食事をしていると、テレビでたまたま女性の作家が自身の母との難しい関係について語っている番組が始まりました。

何となくその番組を見ていると、どういう流れか、わたしが大学を選んだ時に、なぜ心理学科に行かなかったのか?という話になりました。

高校卒業当時、わたしはA大学(教育学科心理学コース)とB大学(文学部、A大学より偏差値は高い)に合格していまして、本当はA大学に行きたかったんです。

わたしがそうしなかったのは、単純に父が大反対したからです。
「心理学なんてやってどうするんだ?」
「語学をやれ!」
「なんで心理学科なんて受けたんだ?」
そんなふうに言われたことを覚えています。

当時のわたしは反対を押し切ってA大学に行くだけの力がなく、仕方なく諦めるしかありませんでした。結局お金を出すのは父ですしね。

わたしは、父の反対せいで進路を決めたことを、当然母が知っていると思っていました。

ところが母はこう言いました。
「何でA大学に行かなかったの?せっかく受かってたのに。
そんなに偏差値の高いB大学に行きたいのかしら、って不思議だったわよ。
文学部やなんかで」

わたしは言い返しました。
「お父さんが行くな、って反対したからじゃない。今更何言ってんの?」

すると母は、「そんなこと知らなかった。何で相談してくれなかったの?」

わたし「相談したって意味ないじゃない。気に入らないと叩くし。」

母「そんなこと・・・知らなかった」
母は口元を引きつらせボロボロ泣き出しました。

その時、わたしは母の涙に驚くよりも、ただ呆れていました。
やっぱりわたしのことは何にも分かっていなかったんだ。
わたしが何を考え、どう感じているのか、そんなことには関心がなかったんだ。
ただ「普通にしていればいい」それくらいのことしか考えてなかったんだ。
と。

母への不信感が根本にあった

当時のわたしは、完全に失望しました。
もう一度振り返って考えてみても、やはり知らないはずはないと思ったからです。

母はずっとフルタイムで仕事をしていて、そのせいで、「十分子供に関われなかった」とも言っていましたが、わたしには、仕事を建前としていただけの言い訳にしか聞こえなかった。
気が付かなかったというよりも、面倒だから気付きたくなかったのでは。

この一件で、どこか母の言うことが信じられないという不信感を、ずっと自分が持っていたことがはっきりと分かりました。

わたしの「満たされなさ」の原因

それから10年弱。
わたしの仕事や環境が変わっていくなかで、わたしは母との関係について、そして、自分の「満たされなさ」について、いろいろ考えながら過ごしてきました。

「わたしがずっと母に求めてきたことは一体なんだったのだろう?」

カウンセリングで自分の心に、ヨガで身体の感覚に向き合いながら、さまざまな人と出会いながら、本当の自分の気持ちを探り続けて・・・

日々、小さな気付きが積み重なって、薄皮をはぐように少しずつ、自分の本当の気持ちが見えてきました。

「母に理解してもらうこと」
幼い頃の私や、進路を決めた当時のわたしが、本当に求めていたものは、これだったんです。
母が、ただ、必要な時にわたしの話を聞き、ただ、わたしの気持ちを分かってくれること。
母に理解して欲しかっただけなんです。

そのことに気付いてから、わたしの飢餓感、「満たされなさ」の源がそこにあることが分かりました。
分かって欲しかったのに、分かってもらえなかった。
少なくとも、分かろうとして欲しかったのに。

そして、母に対して不信感があるから、優しい言葉をかけてもらっても、その母の言葉を信じることができなかったわけです。
いつも疑いがありました。
多分、表面上そう言ってるだけなんだろうな、と。

自分の本当の気持ちに気付いて良かったこと

自分が本当に欲しかったものが分かったところで、「母の理解」を永遠に手に入れることはできません。
「母の理解」は、これからまた、別の場面で得られるかもしれませんが、当時のわたしが必要としていたものとは、もはや別物に過ぎません。
あの時をやり直すことはできませんから。

「求めていたものは、決して手に入らない」

そのことだけは、はっきりと理解できるようになりました。

そして、わたしの「満たされなさ」は、かつての自分が本当に欲しかったもの、必要としていたもの、ずっと無意識のうちに求める気持ちがあったからだということが、腑に落ちるように分かるようになりました。

ずっと満たされなかったものが満たされるわけではありませんが、自分なりに「満たされなさ」の原因が分かってすっきりしました。
満たされなかった思いをずっと抱えていたということを、自分で認めるのは、どこか辛い、恥ずかしい気持ちもありましたが、もうこれ以上、永遠に手に入らないものを求めて、自分で自分を苦しめるのは止めよう、と思うようになりました。

母との関係の再構築は現在進行中

わたしの母に対する不信感は今もなお、完全に消えたわけではありません。
雪が溶けていくように、少しずつ減っていくのかな、と思います。
ただ、前に比べると、本音で話せる機会も増えてきたことは事実です。

「母の理解」を無意識的に求める気持ちが完全になくなったわけではありません。
でも、かつて満たされなかったとしても、「今、わたしがここにいる」ということの価値や、意味は全く変わらないんです。
わたしは、そのことをヨガで自分の感覚を信じることを通して、実感できるようになりました。

かつてのわたし、かつての母はもう、存在しません。
当時の母が当時のわたしのことを、実際どう思っていたのか、知りたい気持ちはあるのですが、母に問い質したところで答えは出ないでしょう。
もう、母は覚えていないのでしょうから。

それに母自身も分からない、母の内部の「何か」が、きっとあるのでしょうから。
わたし自身にも自分だけで抱えているものがあるように。
今では、当時のありのままの母の姿を受け入れつつあります。

永遠に手に入らないものに、ある意味、見切りをつけ、求める気持ちを手放すことも必要なんだということも学びました。これ以上、苦しまなくてもいいように。

そして何より、誰にも理解されなくても、自分で自分のことを理解していくことだけはできる。
そう確信することができました。

ABOUT ME
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Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
カウンセリングがうまくいかなかったあなたに。

あなたはご存知でしょうか?

不安、うつ、トラウマ、過緊張など、こころの症状を、身体を整えながら、身体の側から改善していくことができるということを。

「心の問題には対話によるカウンセリング」というのが一般的な常識ですし、
わたし自身、臨床心理士として、カウンセリングの効果も確かにあると認めています。

けれども、カウンセリングでは、うまく話すことができないと、なかなか先に進めない、ということも事実です。

いくら相手がカウンセラーだったとしても、そんなにすぐに打ち解けて、自分のありのままを話すことなんて難しいですよね。
信頼できるかどうかも分からないし、不安ですよね?

カウンセラーと信頼できる関係を築くまでには、本当に長い時間がかかります。
そのため、カウンセリングで変化を感じる前に、続けられなくなってしまう場合が多いのです。

「カウンセリングがうまくいかない」と困っている方がきっとたくさんいらっしゃるはず。本当はそういう方こそ、心のケアが必要なのに。

そこで、「無理に誰かに話さなくても、心の問題を解決していける方法があればいいな」と、わたしはずっと探していました。

そこで、たどり着いたのが、身体を整え、身体の感覚に向き合うことで、心を整え、心の問題を解決していこうとする方法でのカウンセリングだったのです。

これから自分らしく生きるために、こころ、からだをケアしたい。
でも、カウンセリングでは難しい。

そんなあなたにこそ、かぜのねのカウンセリングをお勧めします。
ぜひ、一度試してみてくださいませんか。

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