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わたしにご興味を持ってくださり、ありがとうございます。
ここでは、このサイトの管理人 澤田ちさこ の自己紹介をさせていただきます。

もともと人付き合いが苦手だったわたしが、試行錯誤、紆余曲折を経て、心理カウンセラー、ヨガ講師という、バリバリの対人業務をライフワークとするようになるまで。
少し長いですが、お付き合いください。

これを読んで、あなたも、「私もきっと大丈夫!」と思ってもらえると嬉しいです!

心身ともに絶不調を経験して・・・

わたしは小さい頃から、とにかく人づきあいが苦手、
でも人のこころ、生き方にすごく興味がある、という少々変わった子でした。

小学生時代は運動が苦手で、マラソンと球技は特にダメ。
当時から花粉症や湿疹、軽いアトピーに悩まされていました。

中学時代になると、軽いアトピーの症状が出て、皮膚科医にプールを止められたり。
薬を塗っても治らない痒みに悩んでいました。

高校生の頃、心理学の本を読み漁っては、心理カウンセラーになりたくて。
行きたかった心理学科の大学に合格したのに、なぜか父親の大反対で、結局そこには行けず。

他の大学に入学したものの、雰囲気的になじめず、卒業まで友達はゼロ。
身体のあちこちに湿疹が出て夜眠れないほど痒みがひどいこともありました。

今から約20年前、当時は就職氷河期。
どうしても自分の道は自分で決めたくて、父親のコネを蹴ってしまい、結局、就職失敗組。
大学を卒業するも、就職先のないまま、新卒派遣という奇妙な働き方へ。

自分にはスキルもない、経験もない、要領も悪い。

そのうえ、ある朝通勤電車に乗っていて、
急に不安でたまらなくなり、動悸がしたり、手足が冷たくなるし、息は苦しいし、という状態になり、電車から逃げるように途中下車したことがあり、
通勤すること自体がとても辛くなってしまいました。

いろいろ学んだ今、この時のことを思い返すと、パニック発作を起こしていたのだろうと思います。

結局体力・気力ともに使い果たして退職するしかありませんでした。

悔しくて、何もない自分を埋めたい一心で、猛勉強の末、25歳で社会保険労務士の資格を取得。
リベンジを目指すもまた挫折。

その間、母親の病気、祖母の介護、父親と大衝突、両親の離婚騒動などなど、重なって。

不眠とメンタル不調で精神科通院していた時期もありました。
一時期は、からだもこころも完全に疲れ果て、横になっていることしかできない有様。
次の一息がちゃんと吸えるか、呼吸の仕方を忘れてしまったのかと不安になったほどでした。

「病院では治らない」ということだけが分かって

こんな状態で、しかし病院に行っても、あまり相手にしてもらえない。
なぜだか分からないけど、辛いということは事実なのに。

「このままでいいの?」

「いや!やっぱり良くなりたい。」

そこで、「もう自分で何とかするしかない」と。

整体、鍼灸、カイロプラクティック、食事療法、サプリメント、ゲルマニウム温浴、操体法、自力整体、ヒプノセラピー、オーラソーマ、カラーセラピーなど、いろいろ、試しました。
自分に自信を付けようと、エステやメイクレッスンにも行きました。

でも、どれも一時的な効果はあるのですが、あまり長続きはせず。
何か、もっと「これだ」という実感が持てるものを、ただ探し続けていました。

そんな20代後半のある日。

ふとしたキッカケでヨガに出会いました。
テレビでヨガの先生が出ていて、「なんか良さそう」と感じたこと。
新聞のコラムである舞踏家の方の記事を読んだこと。
彼女は自分の身体のケアのためにストレッチを入念にやることを日課にしていて、
その間は、本当に自分とつながっている感覚があるのだ、と書いていました。

多分そんなことがキッカケだった記憶があります。

正直に言って、いつ、どこで、ヨガを始めたのか、正確な記憶がないのです。
覚えているのは、綿本昇先生の本「ストレッチ・ヨーガ」を買ってきて、夜寝る前に、自分の部屋でやり始めたこと。

それ以降、現在まで、18年超にわたるヨガとの生活が始まったのです。

ヨガと出会って元気に社会復帰!

ヨガをコツコツ続けたおかげで体調が良くなって、やる気も回復。
めでたく社会復帰!

でも、紆余曲折は続き・・・

パワハラめいた扱いや、給料日にお給料がもらえないような職場をいくつか経て、
30歳を目前にして、やっと念願かなって、正社員として、ある社団法人に就職。
これで「一生安泰」かと思えたのですが・・・

連日の残業やクレーム処理に追われ、所長ともうまくいかず、何もかも自分ひとりで抱え込む羽目に。

体調は再び最悪に。
ちょっとした風邪をこじらせては、高熱を出したり。
冬になると、オフィス内の、エアコンの効いた室内で、足元にガスストーブを置いて、ダウンジャケットを膝掛けにしているのに、寒気がして仕方ない。
同僚に「目が死んでいる」と言われるほど。
ついにはパキシルを服用しながら、やっとの思いで通勤。

こんな毎日でしたが、この頃、独学では物足りなくなって、ヨガ教室に通うようになっていました。

最初はカルチャーセンターのヨガ講座。
「日曜日のヨガピラティス」という名前だったと思います。

当時はまだ、オウム真理教の一連の事件の影響があって、「ヨガは怪しいもの」というイメージを持たれることがありました。
特にインド式の伝統的なヨガはそう思われていたのです。

わたしの家族もそうでした。
わたしがヨガを学びに行くということに、表立って反対はしませんでしたが、良い顔はしませんでした。
「ヨガなんてやって大丈夫なのか?」父にそう言われたこともあります。

なので、カルチャーセンターでのヨガ、それもあまりヨガっぽくない名前のものを選んだのです。

でも、定期的にヨガクラスに通えることが、その時のわたしの日常のなかで、それは特別な時間でした。

心身の不調から学んだこと

数年位、カルチャーセンターと自己練習で学んでいたのですが、
ピラティスではなくて、もっともっと「ヨガ」を中心にやりたいと思うようになったので。
インドの伝統的なヨガを学べる教室を見つけて、そちらに通うようになりました。

その当時の伝統的なヨガは、今のヨガとは全く違います。
畳敷きの和室の部屋で、ジャージを着て、先生からヨガ経典のお話を聴きながら、ゆっくりゆっくりやります。
(現在のようなヨガマットは一般に普及していませんでしたし、当然、おしゃれなヨガウェアなんてまだありませんでした。)

でも、そのゆっくりした時間こそ、自分のこころやからだが、本当は何を感じているのかに気付くことができる貴重な時間だったのです。

辛い時期だったのですが、改めて、自分にとって、
「何が本当に必要なのか?」に向き合っていた時期でもありました。

ヨーガの学びは特に、自分のからだの声を聴くこと、自分の感覚を信じること。
その大切さをわたしに教えてくれました。

そして、

  • からだも、こころも、それ自体独立して存在しているのではないこと。
  • ストレスや辛い体験は、こころだけでなく、からだにも影を及ぼしていること。
  • からだをケアすることが、こころをケアすることにつながっていること。

この時、もう一度自分の実感として確かめることができました。

ヨガがなかったら、本当に深刻な状況になっていたのかも、と今思い出して恐ろしくなります。

突然の転機を経て、心理職の道へ

やっと体調が回復して、うつ症状も和らいできた31歳の晩秋。
転機は突然やってきました。

お風呂で髪を洗っていた時に、突如として、「何か」が降りてきたような、急に湧いてきたような。
大げさですが、いわゆるインスピレーション、「啓示」を受けたような。

「このままの生活を続けていたら、10年後もこのままだ」
本当に、それで、いいんだろうか???

なんだか、それがすごく恐ろしく感じられて、シャワーの手を止めて、愕然としてしまいました。

「やっぱりカウンセラーになりたい」
「今、もう、ここで、やるしかない」
「そうするしかないんだ」

突如としてそう決意したわたしは、すぐに行動を起こしました。

その正社員の仕事を辞め、また派遣社員として働きながら、産業カウンセラー養成講座に通い始めました。

わたし自身のなかで、「心理カウンセラーになりたい」という思いがずっと消えていなかったのです。
それなのに「今更カウンセラーなんて。安定した仕事に就けばとにかくいいじゃん」
そう自分に言い聞かせて、心の底にあった強い思いに蓋をしていたんです。

だからこそ、どんな職場でも、「何かが違う」という違和感を覚えたのだと思います。

ヨガは、自分が本当に向き合わなくてはいけないものを知らせてくれます。
改めて振り返ると、当時のわたしは、自分で自分をごまかして、自分の本当の気持ちに向き合うことを避けていました。

一方で、自分に向き合おうとする力、本当にやりたいことをやるためのエネルギーも、
ヨガは与えてくれました。

わたしのこの決断をバカにする人もいましたし、疎遠になった友人もいました。
「またそんなことばっかりして」
「正社員の仕事をやめるなんて」とか。

冗談交じりではありましたが、「そんなことより早く嫁に行け」と言われたことも。

でも、わたしが、多分生まれて初めて、誰のためでもなく純粋に自分のために、決意したことでした。

以前の不調に悩んでいた頃のわたしだったら、とてもそんなことをする力は無かったと思います。
でも、ずっとヨガを続けることで、そんな決意を実行に移すまでのエネルギーを、自分のなかに養うことができたのです。

あの不調から解放された!

32歳で産業カウンセラー資格を取ると、その後はハローワークに。
就労や再就職を目指す方とのカウンセリングを担当していました。

毎日面談がぎっしり。
まるでドラマの世界のような深刻なケースもありました。

そのうえ公共機関ですから、いわれのないクレームを付けられたり、急に怒鳴られたり、嫌がらせを言われたり、そんなことが日常茶飯事。
時間に余裕がなくて、トイレに行く時間さえ取れないことも。

でも、もう以前のように不調に悩まされることがなくなっている自分に気付いたんです。
疲れるには疲れるけれど、仕事帰りにジムに行ったり、週に何度もヨガクラスに出たり。
かつての自分がウソのように元気でいられることに、自分でもビックリしたほど。

この時、自分自身のなかの強い思いにしっかりと向き合って行動すること。
自分の感覚を信じること。

それが自分として生きていくために、本当に大切なことだと気付きました。
そして、その気付きを与えてくれたヨガに出会えたことを、心から嬉しく思いました。

ヨガ講師養成講座へ

2010年11月に、ガンのため、わたしの父は亡くなりました。
そして2011年3月11日、東日本大震災がありました。
わたしはちょうどその時、東京都内の職場で、学生さんとのカウンセリング中でした。

突然のひどい揺れ。
電車が全て止まってしまったので、バスを乗り継いで帰宅することに。

バスのなかで「大変なことが起こった」のだ、としみじみ感じました。
歩道を見ると、お勤め帰りの人がぞろぞろ、歩いていました。
普段とは全く違う雰囲気。
こんなことが起こるとは、想像もしなかったのに。

たくさんの方が亡くなった。
もし、震源が少しずれていたら、自分も死んだかもしれない。
でも、わたしは今生きている。
なのに、なぜ、やりたいと思っていることをやらないでいるんだろう?

そんなことをぼんやり考えていたことを記憶しています。

その頃、「ヨガをもっと深く学びたい」という思いが強くなってきていたんです。
ヨガのアーサナ(ポーズ)だけではない、ヨガの哲学や、瞑想についても。
でも、カウンセリングの仕事も好きだし、そちらももっと勉強したい。
仕事も忙しいし、そんなにいろいろやれるかしら?

そう思って二の足を踏んでいたのですが、
「明日はどうなるのか、分からないのだから、やっぱりやっておかなくては」
いつもの3倍以上の時間がかかって家に帰る頃には、ヨガをライフワークにする決意をしていました。

ちょうどその頃、それまで通っていたヨガ教室の先生が、ご家族の介護のため、半ば引退されることになり、わたしは新しいヨガの先生を探そうと思っていたのです。

すぐにネットで延々探しまくった結果、「これなら」とピン!と来たヨガ教室がありました。

地震から2日後の日曜日。
ハタヨガ講師養成講座を受けるために、ハーネス・ヨガ教室の先生に電話をしていました。

ヨガ講師になろうと思ったら…

「ヨガを教えるのは、自分がもっとヨガを学ぶためでもある」と新しい先生に教えていただきました。

2011年7月にハタヨガ講師養成講座を修了。
学びのために、働きながらでも、ヨガを教える仕事を始めようと考え始めた矢先、些細なきっかけから、母と過去最大級の大衝突をしてしまいました。

その時、母は口元を引きつらせてポロポロ涙を流していたことを鮮明に記憶しています。

ところが、それが転機になり。
当時37歳のわたしは一度社会人生活を中断して、大学院で臨床心理学を学ぶことに。
現在のように臨床心理士と公認心理師になりました。

突然の大学院受験、若い人たちと同じ内容での大学院生活、慣れない病院実習などを乗り越えて、無事に大学院を修了できたのは、何より、ヨガで養った気力・体力のおかげです。

ヨガは、「自分を変える力」を与えてくれます

それから10年近く経った今、
わたしは日々、臨床心理士そしてヨガ講師として毎日いろいろな女性にお会いしています。

これまでに、年齢も職業も性格も家庭環境も千差万別な、それはそれはたくさんのクライエントさん、生徒さんにお会いし、いろいろなお話を聴かせていただきました。

  • 初めてのヨガに緊張している方
  • ずっとヨガをやってみたかったのに、一歩踏み出せなかったという方
  • うつ症状や不安障害、パニック障害など精神的な症状に悩んでいる方
  • リウマチ、アレルギーやアトピー、自律神経失調症など身体の痛みや症状で困っている方
  • ご自分の性格や考え方、生き方で悩んでいる方
  • 職場や家庭での人間関係で辛い思いをしている方

思えば1,000人を軽く超えるくらいの方とお会いしてきました。

あの不調に苦しんでいた20代の頃のわたしには、今の自分の姿は想像もつきません。

わたしは、とにかく不器用なので。
「とにかくやってみよう」と試行錯誤するしかなくて。
その過程で、ただひたすら自分と向き合うことしかできませんでした。

でも、そんな不器用なわたしでも、ここまで変わることができたんです。

わたしに、自分を変える力を与えてくれたもの、それがヨガです。

そして、ヨガを学びつつ、不調と向き合う過程で、とても大切なことに気付きました。

何より、身体と心のつながりを確かめて、自分に正直に、自分の感覚を信じること。
無理をしないで、ただ自分を生きること。

ヨガの学びはその後も続いていて、
2016年には、代々木にあるアンダーザライトヨガスクールを卒業し、
全米ヨガアライアンス協会RTY200を取得しました。

ヨガの流派としては、伝統的なヨガ、ハタヨガ、シヴァナンダヨガを学び、
トラウマアプローチヨガ、ヨガボディーセラピーの研修を受け
現在はアイアンガーヨガを中心に学び続けています。

わたしが不調から立ち直った経験から、
そして、カウンセラーとして、クライアントさんと向き合った経験から、
ハッキリ言えることは、
誰にでも、自分を変えていく力があるということ。

たとえ土砂降りの雨の中のような、どんなに厳しい状況でも、
人間は、ちゃんと、自分らしく生きていける道を見つけることができるんです。

わたしは、本当に不器用で、特別な取り柄のない人間です。
わたしがやってきたことで、他の女性にできないことは、何一つありません。
どなたでも、できることです。

Chisako
Chisako
もちろん、あなたも!

長い時間、最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
わたしのこの記事が、あなたにとってヨガとの出会いのキッカケになると嬉しいです。