心の整え方

人間関係が苦しくてたまらない時に。

こちらをお読みになっているということは、相当複雑な人間関係に苦しんでいるということかと思います。

この世に生きている限り、わたし達は何らかの人間関係を持たないと生きていけません。

けれども、相手との関係が1回限りのちょっとしたものであったり、離れてしまえば済むような関係であれば、それほど悩む必要はないはずです。

しかし、わたし達には、どんなに苦しくても切っても切れない関係というものがあります。

親子、夫婦、親戚、職場、ご近所…

こうした関係に心底悩んでいらっしゃるということは、ご自分にとって何か引っ掛かるものがあったり、いつもご自分だけが疲れてしまう関係になってしまったり、なぜかずっとモヤモヤしてしまう、ということがあるのではないでしょうか。

でもそれは、何よりもあなたが相手との良い関係を望んでいることの裏返しと言えます。

この記事では、「人間関係がうまくいく方法」といったスキル的なものではなくて、もう少し人間の心の深い部分から、人間関係をより楽にするための考え方をお伝えしたいと思います。

人は誰でも、自分だけの現実を生きている

人間関係に悩んでいる方に、まず知っておいていただきたいことがあります。

それは、自分と全く同じ現実を生きている人はいない、ということです。

家族として、同じ現実を共有していても、実際に、それぞれの家族一人ひとりが認識している現実は、それぞれ違うんです。
家族として同じ状況に置かれていても、決して同じ現実を生きているのではないんです。

脳や感覚器官が全員違うから

それはなぜかというと。

Chisako
Chisako
わたし達の脳の構造や感覚器官の機能が皆んなそれぞれ違うからなんです。

わたし達は、外部の状況を目、耳や鼻といった感覚器官を通してキャッチしています。
この感覚器官の段階で、すでに個人差が生まれてしまいます。

例えば、聴覚が優れている方は、他の人が聴こえないような音が聴こえます。
だから、同じひとつの音に対しても、うるさいと感じる人もいれば、全く気にならない人もいるのです。

さらに、わたし達は全て脳を通して、現実を認識しています。
光、音、匂いなど、外部から入った情報は、わたし達の脳にまず到達します。

そして、脳内で今までの経験や知識に照らし合わせて判断され、物事が認識されます。

犬が吠える時に出た音が、耳を通して脳に到達し、脳内で、「犬が吠えている声」だと判断され、「犬が吠えている」という現実が認識されるという流れです。
(かなり、ザックリお伝えしています。詳しくやると、とんでもないことになりますので…笑)

この情報処理を行う脳もまた、人によって違います。

視覚から入る情報処理が得意な人もいれば、聴覚から入る処理が得意な人もいます。
なので、同じ絵を見ても、そこから得る情報が多い人もいれば、少ない人もいるのです。

そのうえ、わたし達一人ひとり、今までに積み上げた経験や知識、記憶は、それぞれに全く違うものです。

「犬の声だ」と、現実の物事を判断する元になる、いわばデータベースが誰でも違います。

そのため、わたし達は、他の人と全く同じように現実を認識することが出来ないんです。

外部の情報を受け取る器官も違い、
情報を処理する脳の構造も違い、
最終的に判断を行うための材料も違う。

同じ人間であっても、こんなにも違うものなんだ、ということ頭に置いておいてください。

そしてさらに。

現実を認識できる範囲もみんな違う

わたし達は、実際に起きている現実を、100%完璧に認識することは出来ないのです。

例えば、他の動物にしか聞こえない周波数の音があるように、人間が外界を認識できる能力には限りがあるからです。

それで、わたし達は皆、自分が認識できる範囲においてだけ、現実を認識します。
現実を認識する力もまた、人によって異なります。

わたし達は、多かれ少なれ、現実を誤って認識しているものです。

例えば、認知症の方には度々被害妄想が見られます。
病気によって認知機能が阻害されてしまい、「家族やヘルパーさんにお金を盗まれた」と訴える方がいらっしゃいます。

このように、実際には起きていないことを、起きている現実として認識してしまうことがあるんです。
これは、ご本人が「嘘をついている」ということとは根本的に違います。

「嘘」というのは、お金を盗まれていないという事実を認識しているのにも関わらず、現実とは異なることを、あたかも現実であるかのように見せかけることです。

ところが、この場合は、実際には誰もお金を盗んだ人などいないのですが、ご本人は「お金を盗まれた」と認識しているのです。
なので、ご本人にとっては、「お金を盗まれた」という実体験をしている、ということになるんです。

このように、「外的な事柄や、客観的な事実をどのように認識するか」というのは、その人によって違い、千差万別なんです。

ここまで人間の認識の仕方などを、いろいろお伝えしてきました。
とにかく一番お伝えしたいことは、

Chisako
Chisako
そのくらい、自分と他人は違うんです!

そのことをまずは、念頭に置いてくださいね。

そもそも1対1の関係って?

これまでお伝えしてきたように、外的な事象を認識するだけでも、こんなに一人ひとり違うのですから、人間関係が複雑になるのも当たり前ですよね。

しかし、それだけではないんです。
他にも人間関係を一層複雑にするものが存在しているんです。

自分、そして、相手に対するイメージ

実はわたし達は、外界のもの全てを認識する時に、必ず、自分のなかにあるイメージを重ね合わせた状態で見ています。
自分自身を含めて。

どのような人・物・出来事であっても、100%ありのままに、その人・その物・その出来事を完全に客観的に見ることは、人間には不可能なのです。

何かを認識するために、わたし達は脳を使っているわけですが、脳を使う時点ですでに、何らかのイメージがくっついてしまうんです。
脳の構造上、仕方のないことなんですが。

この、「イメージ」がまた、厄介なものなんです。

同じ林檎を見ているだけなのに

例えば、ここに林檎が1個あるとします。
それを見て、Aさんは「赤い」と思い、
Bさんは「丸い」と思い、
Cさんは「美味しそう」と思うかもしれません。

たった林檎1個であっても、そこから受けるイメージはみんな違うものです。

 

上記は簡単な例ですが、このように、わたし達はあらゆる全ての物事を、自分なりのイメージと一緒に見ています。
さらに、ある物事に対して、「どういうイメージを持つか?」は、人それぞれ千差万別です。
正しいとか、間違っている、ということもありません。

究極のところ、わたし達は本当は、林檎1個であっても、他の人と全く同じように見ることさえ出来ない、と言えます。

現実とイメージとのギャップ

ただ、林檎1個程度のことであれば、ほとんどの人にとって、現実とイメージ上のギャップはそれほど問題ないかと思います。

ところが、わたし達は、家族や友人など、周りの人に対しても、自分なりのイメージを重ね合わせて見ているのです。

どういうことかというと。

二対二で恋愛しているようなもの

例えば、あなたと、あなたの彼氏との関係を例にしてみますと、下記のようになります。

  1. 現実の彼氏
  2. あなたのなかにある、あなたのイメージとしての彼氏
  3. 現実のあなた
  4. 彼氏のなかにある、彼氏のイメージとしてのあなた

いかがでしょうか。

わたし達は皆、現実の相手に、自分のイメージを重ね合わせて、相手を見ているのです。
逆に相手もまた、現実のあなたに、相手自身のイメージを重ね合わせて、あなたを見ています。

そのイメージには、自分の期待、願望、空想、過去の出来事、または先入観や思い込みといった、さまざまなものが含まれます。

基本的に、わたし達の全ての人間関係が、こんなふうな図式になるんです。

相手と親しい関係になればそれだけ、自分のなかの相手に対するイメージも多様になります。

ですので、誰かとお付き合いするというのは、現実の相手と、自分のイメージが重なった相手。
この2人と同時に付き合っているようなものなんです。

そして、同じことが相手の側にも言えます。
つまり、現実のあなたと、相手のイメージが重なったあなたがいますから、本当は2対2でお付き合いしているのと同じことになります。

よって人間関係が複雑になるのは当たり前、ですよね?

純粋な1対1の人間関係というものは、実は存在しない。

ということです。

それに加えて、人間関係というものには、わたし達の「社会」というものが必ず関係してきます。
そこがまた、問題をややこしくするわけなんです。

役割という「仮面」がある

人間は社会的な動物と言われます。

たとえ家族であっても、自分以外の他者がいるということは、その時点ですでに集団、つまりコミュニティーとなるのです。
家族とは最小のコミュニティーとされていて、やはり社会的な役割を担うのです。

家族のなかでは、娘という役割、妻としての役割、母親としての役割、祖母としての役割などがありますよね。

「自分としては〇〇したいと思っていても、娘としては〇〇した方がいい」
「母として〇〇しなければいけないのでは?」

こんなふうに考えながら、家族との関係を続けているのではないでしょうか。

それ以外にも社会の中で、その時の状況や置かれた立場によって、それぞれ多面的な役割を持っています。

仕事をすれば〇〇会社の社員。
学校行事では〇〇ちゃんの保護者。
というように。

こんなふうに、わたし達の人間関係には、必ず何らかの「役割」とセットになっているはずです。
相手自身を、役割を外したひとりの人間として見つめる機会って、ほとんど無いものです。
特に、家族であれば尚更。

そして、この「役割」というものにも、わたし達は自分なりのイメージを持っています。
「夫とはこういうもの」
「母親だから〇〇すべき」
とか。

次から少し詳しくお伝えしていきます。

相手に対する評価って?

ある特定の方との人間関係に悩んでいるというお話を伺うことがよくあります。

そんななかで、何かハプニングが起こった時、相手の対応を見て「こんな人だと思わなかった!」と、それまでの相手に対する評価がガラッと変わってしまった、何を信じていいのか、混乱してしまった、というご相談をいくつもお受けしてきました。

これは「自分が抱いていたイメージ上の相手と、現実の相手が、実は相当違っていた」ということです。

Aさんは良い人?それとも悪い人?

例えば、あなたの職場にAさんという人がいます。

あなたにとって、Aさんは真面目な同僚です。
ところが後輩のBさんにとっては、Aさんは頑固な人に思われ、また上司のCさんには、几帳面な人に思われる。

現実のAさんは同じAさんなんですが、相手によって、Aさんの印象は違ってきます。
相手によって、受け取り方も様々だし、相手によって、Aさんの担う役割が違うからです。

前述のとおり、相手を見る時に、わたし達は、それぞれ自分のなかのイメージと一緒に、相手を見て判断しているからです。
そして、それにプラスして、職場であれば、先輩、部下など、役割を通して相手を見ています。

どういう場面で、どういう役割の時に「Aさん」という人を判断しているのか?

単純に「〇〇さんはこういう人」と決めつけてしまう前に、そこは考えてみる必要があります。

わたし達は、物事を完全に客観的に見る事ができないのと同様、物事の全ての側面を見ることは出来ません。

限られた「その場」で、自分が認識できる範囲のことしか分かりませんし、その限られた情報に基づいて判断することしか出来ないのです。

そのため当然のことながら、現実のAさんと、あなたのイメージ上のAさんとの間には、ギャップがあります。

なのでAさんのことを、「真面目な人だ」と思っていたのに、付き合っていくうちに、あまりそう思えなくなる、ということがあるのは自然なことなのです。

「真面目なAさん」というのは、あなたが、限られた状況の中で判断したイメージに基づくAさんだったのですから。

イメージ上の相手は嘘ではない

より親しい関係になれば、相手に対するイメージも膨らんできます。

ですので、上記の例以上に、

  1. 現実の彼氏
  2. あなたのイメージを重ね合わせた彼氏

は、相当なギャップがあるはずです。
もしかしたら、同一人物とは思えないほどの隔たりがあるかもしれません。

けれども、同じことが、相手である彼氏の側からも言えます。

現実のあなたと、彼氏のイメージが重ねられたあなたは、ひょっとしたら全くの別人のように違っているかもしれません。

それじゃあ、何だか「偽りの姿」に騙されてるみたい!
Chisako
Chisako
そう感じられるかもしれませんが、決してそうではないんです!

あなたの勝手な?イメージが重なっているからといって、あなたの目に見える彼氏の姿が偽りとか嘘とかではないのです。

わたし達自身にとっては、自分のイメージが重ねられた現実が、まさに今体験している現実、あるがままの真実なんです。

ずっとお伝えしてきているように、わたし達人間は、自分なりのイメージを、相手に投げかけて、その人を認識することしか出来ないのですから。

そこで必要以上に、ご自分の「認識が甘かった」と自責したり、止む無く相手を責めたりする前に、ちょっと立ち止まって考えてみると良いかもしれません。

相手に対して「そういうイメージを自分は抱いていたのだ」と。

すると、ご自分の「見る目の無さ」で落ち込んだり、相手に対して怒ったり、イライラしたりすることが減ってくるはずです。

現実とイメージの間の、ギャップが小さければ小さいほど、人間関係はスムーズに進んでいきます。

ただ、相手に対するイメージというものは、今まで自分なりに積み上げてきた経験によって生まれてきているので、なかなか、急にイメージを変化させるというのも、難しいことかと思われます。

それに加えて、「好き」「嫌い」といった、その時の自分の感情が、物事を認識する場合に大きく影響するのですから。

現実、イメージ、役割も全て絶えず変化していく

このように、人間関係が複雑になる理由をここまで考えてきました。

ところが、まだまだあるんです。

というのは、現実のわたし達も、誰かのイメージ上のわたし達も、役割もどんどん変化していくものです。

ある人を「冷たい人」だと思っていても、しばらく関係が続いていくなかで、「案外、温かい人だな」と思えることもありますよね。

相手が変化した場合もありますし、何かのキッカケがあって、それまで相手に対して抱いていたイメージが変化する場合もあります。

なので、ある日突然、現実とイメージとの間に、急に大きなギャップが生まれて、そこで急に人間関係が上手くいかなくなってしまうことも、決して珍しくはないのです。

それまでの役割が逆転することだってありえます。
そこで、自分や相手の役割が変わると、またそこで、自分や相手の別の面が見えてきます。

それに、絶え間なく変化していくのが人間の心ですから、感情もまた、刻々と変化していきます。

そういう状況のなかで、人間関係を築いていくことは、「本当に本当に難しいこと」なんだ、と改めて感じられますね。

1トンの塩を一緒に舐めるまで

かつて、須賀敦子さんのエッセイを読んでいて、「本当にそうだな」と感心した言葉があります。

ひとりの人を理解するまでには、少なくとも、1トンの塩を一緒に舐めなければダメなのよ

わたしは、人間関係というのは、「同じ人間なんだから、当然分かり合えるはず。」と思わないことが大切だと思っています。

逆に、「ギャップがあることが当たり前だ」と思って、そのギャップをお互いに埋めていく作業なのではないでしょうか。

その作業は、とても長い時間がかかるかもしれません。
1トンの塩を舐め終わるまでに、一体どれくらい時間が必要でしょうか?

そのくらい、人間関係を築いていくのは難しいこと。
人生最大の難事業です。
特に家族関係は。

だからこそ、チャレンジする意味があるのかもしれません。
自分をより良く知って、自分らしく生きるためにも。

自分らしく生きるためにも大切なこと

SNSとか、リモート空間とか、かつてなかった人間関係の場が増え、一層人間関係は複雑になってきていると、わたしは実感しています。

けれども、人間関係に悩むということは、それだけ、あなたが相手と良い関係を持ちたいと願っていることの裏返し。

ただ、相手のあることですから、相手側の意思もあり、自分の努力だけではどうにもならない。
自分の限界がはっきりと分かります。

否応なく、人間関係について考えるというのは、自分自身と向き合っていく作業と切り離すことはできません。

それは、自分のなかのイメージだったり、思い込みや先入観、かつての記憶などと向き合うことに繋がるからです。

ですので、相手のことを考えているのが、いつの間にか、自分のことを考えることにつながる。
当然自分のことが良く分かるようになる。
すると、相手に対するイメージや態度にも自然に変化が生じる。
結果として、相手との関係が変化していく、ということが実際に起こってきます。

家族の問題は人生で最も困難なことのひとつ

人間関係というのは、言ってしまえば、切ることができるものもあります。
「親子の縁を切る」ことだって不可能ではないですから。

それでもあなたが悩んでいるのは、「単純に切ることができない」とご自分でも分かっているからだと思います。

切っても切れない、切ることが難しい関係だからこそ、なるべく良い関係でありたい。
心からそう願っていらっしゃるのでしょう。

家族と心から向き合うことは、とても難しく、厄介で、そして怖いことに思われるかもしれません。
だから、いわゆる会社人間でいる方が実際楽だったりするんです。

家族の問題に直面することを半ば無意識のうちに避けるため、家族のことより、仕事や社会的な活動を優先してしまう方も実際のところ多いものです。

人間関係、特に家族関係というのは、それほどの難事業です。

ご家族のことで深く悩まれているあなたは、世界で最も困難な問題に挑戦している、とても勇気のある方だと言えます。
どうか、そのことを忘れないでいてください。

ABOUT ME
Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
カウンセリングがうまくいかなかったあなたに。

あなたはご存知でしょうか?

不安、うつ、トラウマ、過緊張など、こころの症状を、身体を整えながら、身体の側から改善していくことができるということを。

「心の問題には対話によるカウンセリング」というのが一般的な常識ですし、
わたし自身、臨床心理士として、カウンセリングの効果も確かにあると認めています。

けれども、カウンセリングでは、うまく話すことができないと、なかなか先に進めない、ということも事実です。

いくら相手がカウンセラーだったとしても、そんなにすぐに打ち解けて、自分のありのままを話すことなんて難しいですよね。
信頼できるかどうかも分からないし、不安ですよね?

カウンセラーと信頼できる関係を築くまでには、本当に長い時間がかかります。
そのため、カウンセリングで変化を感じる前に、続けられなくなってしまう場合が多いのです。

「カウンセリングがうまくいかない」と困っている方がきっとたくさんいらっしゃるはず。本当はそういう方こそ、心のケアが必要なのに。

そこで、「無理に誰かに話さなくても、心の問題を解決していける方法があればいいな」と、わたしはずっと探していました。

そこで、たどり着いたのが、身体を整え、身体の感覚に向き合うことで、心を整え、心の問題を解決していこうとする方法でのカウンセリングだったのです。

これから自分らしく生きるために、こころ、からだをケアしたい。
でも、カウンセリングでは難しい。

そんなあなたにこそ、かぜのねのカウンセリングをお勧めします。
ぜひ、一度試してみてくださいませんか。

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