雑記帳

病気になっても失われないもの

コロナ禍で医療提供体制が逼迫すると、医療資源が限られてしまい、「命を選択する」という事態が起きるのではないか、と危惧されています。

そして、まるで生きる権利のない命があるかのような思想が声高に主張される傾向が強くなっているような気がしてなりません。

そうならないように祈るばかりですが、そういうことと関連しているのか、最近、かつてお会いした方のことを度々思い出すことがあります。
自分の忘備録も兼ねて、ここに書き出してみました。

単科の精神病院にて

以前、大学院生の頃、精神科の専門病院で実習をさせていただいていた時のことです。

ある女性患者さんのカウンセリングを担当することになりました。
その方、Aさんは、重度の統合失調症で長期にわたり入院されていました。

Aさんとのカウンセリングは、疾病を治療する目的のものではなく、他者とコミュニケーションを行うことで、彼女の社会的スキルを維持するためのものでした。

ちゃんとお話ができるかどうか、正直なところ、心配だったのですが、実際のカウンセリングでは、Aさんはいろいろなお話を聴かせてくださいました。

妄想の世界を生きていても

初めてお会いした時、ご自分は、ある国際組織に属していて、なかでも重要な部署の総合司令官なのだ、とのことでした。
さらに、ある名門大学の教授も兼任されていて、2つの仕事で毎日とても忙しいとおっしゃっていました。
(もちろん、これらはすべてAさんの世界、つまり妄想上のことです。)

一通り、こうした今の状況についてお話を伺っているうちに、カウンセリングの終了時間になりました。

するとAさんは「あなた、メロン好き?」と尋ねられました。

わたし「はい、好きです。」
Aさん「じゃあ、お土産をあげるわ。ちょっと待ってて。」

そう言うと彼女は、病室のベット下から何かを取り出す仕草をしました。

「よいしょ…重いわよ。」
Aさんは両手いっぱいに何か重いものを持っているような動作で、そうおっしゃいました。

「ほら、こんなに大きいメロンよ。ちょっと味見してみて。」
と、Aさんは、わたしの口元に何かを持ってきました。

そこで、わたしは食べるフリをして、「ああ、美味しいですね。」と言うと、
Aさんは嬉しそうに
「そうでしょう!みんなあげるから、持っていってね」

Aさんは「重いから気をつけてね。」と、わたしに大きな荷物を渡す仕草を。
そこでわたしも、重い物を受け取るようなフリをして、
「こんなにたくさん、頂いていいんですか?」と答えると、
「いいのよ。全部あげるわ。」とAさんは笑顔でおっしゃいました。

その後も、こんなふうに、毎回カウンセリングの終了時には、Aさんは決まってお土産をくださるのでした。

お土産の内容は、その時によって、トマトだったり、パイナップルだったり、ブドウや桃だったり、いろいろな野菜や果物に変化しました。
でもいつも同じように、ベッドの下から「よいしょ」と取り出して、両手いっぱい山盛りに抱えられるほどのお土産をくださるのでした。

そして毎回わたしも、小さい頃のごっご遊びのように、そのまま頂いて、Aさんの病室を出るまで、果物を抱えているフリをしていました。

「その人らしさ」は変わらない

その病院での実習期間が終わるまで、Aさんとは、こうしたカウンセリングを続けていました。
Aさんの体調が悪く、途中何度かお会いできなかったこともありましたが、毎回、忙しいと言いながら、「お仕事」のことをいろいろお話してくださり、その内容がとても面白かったです。

今、Aさんはどうされているのか、知る由もありませんが、Aさんから、大切なことを学ばせて頂いたと思っています。

それは、重い病気になったとしても、「その人らしさ」は変わらず、残っているということです。

型にはめられない個性

Aさんは重症の精神疾患のため、「普通の」社会生活が送れなくなってしまいました。
しかし、Aさんにも、病気になる前の「普通の」生活があったのです。

かつてのAさんの日常では、「来てくれた相手にはおもてなしをする」とか、美味しいものを食べて喜んでもらいたい、との想いがいつもあったのではないかと思います。

そういうAさんの人となりは、病気になってしまった時にも、失われることはなかったんです。
妄想の世界にいる時間が長くなっても、実際に誰かと会うと、「お土産をあげたい」「喜んでもらいたい」という気持ちを持ち続けていらっしゃるんです。

病院のような場所にいて、多くの患者さんとお会いしていると、つい、「この人は〇〇病だから」と、カテゴリー分けをするというか、型にはめた見方をしてしまいます。

ところが、病気がどんなに重いものでも、やっぱり病気だけでは失われない何かとても大切な個性というか、「その人らしさ」、そういうものは失われることはなくて、ちゃんと残っているんだなっていうこと。
そして、どんな状況でも、AさんはAさんとして生きているんだ、ということを、Aさんにお会いしたその時に、すごく感じました。

自分として生きるということ

そして今、命が選別されるかもしれない状況が起きつつあります。
「生産性があるかどうか」というたった一つの基準で命が選別されるような、そういう流れになっていくのかもしれません。

人間は決してそんな物差しひとつで測れるような存在ではなくて、一人ひとりの個性、「その人らしさ」は、本当にかけがえのないものなんだということ。

今回Aさんのことを思い出しながら、自戒も込めて、わたしは改めてこのことを心に留めておこうと思いました。

そして、どういう状況であれ、外側からの評価がどうであれ、「自分として生きる」ことだけは、一生を通してやっていかなくてはいけないことなんだと、再確認した感じがします。

ABOUT ME
Chisako
臨床心理士・公認心理師・ヨガインストラクター。元社労士。 こころとからだのことで悩んでいるあなたに、わたしの今までの学びがお役に立つと嬉しいです。 根が不器用な自分を認めて、ただシンプルに生きるのが信条。
あなただけに合ったヨガを学んでみませんか?

あなたはご存知でしょうか?

本来のヨガには、身体と心の不調を癒していく効果があります。
欧米では、そんなヨガが医学的治療の一部として、疾患の予防、ストレスケア、メンタルヘルスの向上、リハビリなどにも役立てられています。

一般的に知られていないことですが、ポーズが出来ても、出来なくても、ヨガの効果とは全く関係ありません。

なぜなら、ご自の内面に集中して、意識してからだを動かすこと自体に、あなたを癒し、変えていく力があるのです。
身体を整えることで、脳や心がリラックスし、結果として心身のバランスを取戻していくことができます。

「ヨガをやってみたいと思っていたけど、まさか自分がヨガなんて?」と、
一般的なヨガ教室を敬遠されていたあなたにこそ、一度お勧めしたいのです。

完全マンツーマンレッスン。
あなたのペースで、あなただけに合った内容のヨガをゆっくりと体験してみませんか?

パーソナルヨガの詳細はこちらから